世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2936
世界経済評論IMPACT No.2936

EV優遇策をめぐる日米欧の落としどころ

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2023.05.01

 米中デカップリング(分断)が加速するなか,日米欧の間に厄介な懸念材料が浮上した。バイデン政権の電気自動車(EV)優遇策をめぐる対立によって,下手をすると西側の結束に亀裂が生じかねない。

 トランプ前政権で悪化した米欧関係は,国際協調を重視するバイデン政権により修復され,ロシアのウクライナ侵攻で米欧結束は強まったかにみえた。だが,EUの米国に対する不信感は完全に払拭されたわけではない。

 中国はレアアースを使った高性能磁石に関する製造技術の輸出を禁止しようとしている。EV生産に必要な戦略物資を日米欧による対中規制への報復の切り札にしようとするなか,日米欧の間で喧嘩をしている暇はない。EV優遇策をめぐる問題を決着させるため,日米欧はどこに落としどころを見出そうとしているのか。

米国のEV優遇策は「偽装された保護主義」?

 昨年8月に成立した米国の「インフレ抑制法(IRA)」で注目を集めたのが,気候変動対策とエネルギー安全保障のために盛り込まれた3690億ドルの支援である。米製造業の脱炭素化や再生可能エネルギーの導入などに巨額の税控除や補助金が充てられる。

 欧州連合(EU)や日本,韓国が,「自国優先が行き過ぎ」として見直しを求めているのが,EV優遇策だ。北米産EVの購入のみ最大7500ドルの税額控除が受けられ,輸入EVは受けられない。

 北米産EVのみを優遇することでEV関連の投資を呼び込み,EV分野で急成長する中国に対抗するのが,バイデン政権の狙いである。だが,気候変動対策に名を借りた「偽装された保護主義」だと米国への非難がいつまでも続けば,中露に対抗する日米欧など西側の結束に亀裂が生じる恐れもある。

 いわゆる「フレンド・ショアリング」の実現を目指して,同盟国との連携によって強靭で安全なサプライチェーンを構築しようとしている米国の戦略とも整合的でない。フレンド・ショアリングの一環として位置づけられているIPEF(インド太平洋経済枠組み)の交渉にも悪影響が懸念される。

 このため,米国とEUは昨年12月,「貿易・技術協議会(TTC)」の閣僚級会合を開き,EV優遇策について「建設的に対処する」との共同声明を出し,バイデン政権は譲歩の姿勢を見せた。

 しかし,EV優遇策の見直しへの期待が高まる中,米財務省が今年3月末,EV購入の税優遇に関する指針を発表した。日欧韓が求めていた北米以外で生産した輸入EVの税優遇適用は見送られた。保護主義が強まる米議会から相次いで反対の声が上がったためである。日欧韓の自動車メーカーにとっては打撃だ。税優遇なしで輸入EVの販売を継続するか,北米での現地生産に切り替えるか,判断を迫られることになった。

税控除の対象となるもう一つの要件は「バイ・アメリカン」

 ところで,EV税控除の対象となるための要件は,北米産EVであることだけでない。さらに,車載電池と電池に使われる重要鉱物の一定割合が米国(バイ・アメリカン)か,自由貿易協定(FTA)を締結している国から調達されたものであるとの要件も満たさねばならない。

 現在,例えば,黒鉛の場合,鉱物の採掘段階で中国のシェアが6割を超え,リチウムやコバルトは精錬の段階で中国のシェアがいずれも半分以上に達しており,EVの車載電池に使われているリチウムイオン電池の生産能力では中国が約8割を占める。

 そのため,エネルギー安全保障の観点から米国における重要鉱物の採鉱と電池の生産能力を高め,「脱中国依存」を図るのが,バイデン政権のもう一つの狙いだ。

 「野心的」な要件を満たす車載電池やその材料となる重要鉱物の供給確保が不安視される中,今年3月,米財務省の発表に先立ち,日米両政府はEVの車載電池の生産に不可欠なリチウム,ニッケル,コバルト,黒鉛,マンガンの5種類をEV電池に用いる重要鉱物と位置づけ,採掘から精錬,製造まで,重要鉱物のサプライチェーンを強化する協定に署名した。

 これにより,EVの税優遇は北米産に限定されるが,日本で採取,加工された重要鉱物を車載電池に使い車体を北米で組み立てれば税優遇の対象になった。

 しかし,それも糠喜びに終わりそうだ。米財務省が今年4月,EV税優遇の対象となる車種を公表したが,対象はテスラなど米国メーカーの11車種に限られ,日欧韓メーカーのEVはすべて外れた。

 因みに,日産が米国で現地生産するEV「リーフ」は,電池の部品と重要鉱物に関する要件を満たせなかったようだ。韓国の現代自動車やドイツのフォルクスワーゲンのEVも対象外となった。

EV部品・鉱物で主導権を狙う中国:どうする? 日米欧

 米国はEUとの間でも,日本と同様の交渉を続けており,米国のEV優遇策をめぐる要件の一部緩和に向けた動きがみられる。EUは,車載電池に欧州産のレアアースなど重要鉱物を使用したEVも税額控除の対象にするよう求めている。

 EV優遇策の見直しをめぐり日米欧がいつまでもいがみ合っている余裕はない。米中対立が先鋭化する中,「製造強国」を目指す中国がレアアースを使った高性能磁石などの製造技術の輸出規制に動き出したからだ。磁石は,磁力を利用して回転を生むモーターの性能を大きく左右する中核部品で,今後増産が見込まれるEVにとっては絶対に欠かせない。

 中国は磁石が脱炭素化のカギを握り,半導体やバッテリー(蓄電池)とともに経済安全保障にも関わる戦略物資と位置づけている。磁石の製造技術の禁輸もその一環とみられ,対中規制を行う日米欧への報復の切り札にするつもりだ。

 昨年12月に公表した産業技術の輸出規制リストの改定案には,レアアースを用いた高性能磁石の製造技術も禁輸項目に加えられた。意見公募は今年1月に終了しており,年内にも改定案が採択される見通しである。

 レアアースを使った高性能磁石の製造で,中国は世界の8割以上のシェアを占める(日本は15%)。したがって,中国がいま製造技術を禁輸すれば,米欧は中国の高性能磁石に完全に依存するという状況になりかねない。

 当然ながら,日米欧はこうした中国の動きに危機感を強めている。EVに欠かせない戦略物資の安定供給に向けて,主要7カ国(G7)は今年5月に開く広島サミットで,強靭で持続可能なサプライチェーンの構築を急ぐ必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2936.html)

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