世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
独りよがりのタリフマン
(杏林大学 名誉教授)
2025.02.10
関税を武器にして意に沿わない相手国に強引に譲歩を迫るディール(取引)外交が,今やトランプ米大統領の常套手段となってしまった。だが,この手法は国際社会からの反発と米国の孤立を招く恐れがある。同盟国にも銃を向ける「独りよがりのタリフマン」に対して,日本はどう向き合えばよいのか。
貿易戦争の瀬戸際の攻防
「タリフマン(関税男)」を自称するトランプ米大統領が,ついに高関税政策の断行に踏み切った。2月1日,メキシコとカナダに25%の関税,中国に10%の追加関税をそれぞれ課す大統領令に署名し,4日から発動するとした。
まず,メキシコとカナダに高関税をかける理由として,不法移民と合成麻薬「ファンタニル」の米国への違法な流入に対して,国境を接する両国が有効な対策を講じていないことを挙げた。
これに対し,メキシコとカナダは即座に対抗措置をとる方針を示した。メキシコのシェインバウム大統領はSNSで,関税と非関税の措置を盛り込んだ対抗策の実施を指示したことを明らかにし,また,カナダのトルドー首相も記者会見で,米国からの輸入品の一部に25%の報復関税を課すと発表した。
米国がメキシコとカナダから輸入する製品は,これまで「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」により関税はかからないが,25%の関税が発動されればUSMCAは事実上凍結される。メキシコとカナダには対米輸出を目的に生産拠点を設けた外国企業が多いため,関税の影響は甚大である。
早期の事態収拾が求められる中,トランプ氏は3日,メキシコ,カナダとそれぞれ協議し合意が成立,国境警備の強化策を両国から引き出したとして,関税の発動を1カ月延期すると表明した。ただし,これもやがて糠喜びに終わるかもしれない。
一方,中国への追加関税は,中国で原料が製造される合成麻薬がメキシコやカナダを経由して米国に流入していることへの対抗措置で,薬物の流入が止まるまで追加関税を課すとしている。
トランプ氏は大統領選挙で,中国からの輸入品に最大60%の追加関税をかけると宣言しており,10%の追加関税はその「手始め」といった感じで,中国の出方次第で税率をさらに引き上げる公算が高い。
これに対し,中国は「事実無根」と反発,世界貿易機関(WTO)に提訴する意向を示した。また,「関税戦争に勝者はいない」と牽制し,「断固として国益を守る」として,報復関税も辞さない構えを見せた。
4日,トランプ関税の発動を受けて,中国は即座に米国への対抗措置として,米国からの石炭や液化天然ガス(LNG)に15%,原油や農業機械自動車などに10%の追加課税を課すと発表,10日から実施する。だが,対抗措置の内容は「控えめ」であることから,経済低迷が続く中国の本音を深読みすれば,トランプ氏とのディールに持ち込み,「泣きっ面に蜂」となるような米国との報復合戦は避けたいのではないか。
トランプ氏が署名した大統領令には「報復関税条項」が含まれており,相手国が米国に対して報復措置を取った場合には,米国は関税の引き上げや関税対象の拡大などの報復を取るとしている。このため,米国がメキシコとカナダ,中国を相手に貿易戦争に突入する可能性は否定できず,瀬戸際の攻防は予断を許さない。
独りよがりのタリフマン
「辞書の中で最も美しい言葉は関税だ」とうそぶく独りよがりのタリフマンは,関税によって安価な輸入品を米国から締め出すことが,国内製造業の復活につながると信じて疑わない。
トランプ関税の発動にどんな大義と名分があるというのか。トランプ氏は「国家緊急経済権限法(IEEPA)」に基づいて,メキシコ,カナダ,中国に関税を発動する。IEEPAでは,米国経済に「異例かつ重大な危機」がある場合,大統領が緊急事態を宣言し貿易制限をかけることができると規定しているからだ。
トランプ氏は,メキシコ,カナダ,中国から不法移民と合成麻薬が米国内に違法に流入している問題を「緊急事態」と認定し,大統領権限で関税を発動した。
1期目のトランプ政権では,通商法232条(安全保障条項)や301条(不公正貿易慣行への制裁条項)が多用された。IEEPAは,通商法が求める産業界への意見聴取などの事前調査が不要となるなど,厳格な要件を必要とせず迅速に関税を発動できる。トランプ政権は,IEEPAを根拠にして一律関税を課すことも可能だと主張しているが,「緊急事態宣言」の悪用・乱用は絶対に許されない。
主要7カ国(G7)はこれまで中国に対し,経済を武器に使って他国に圧力をかける「経済的威圧」を厳しく批判してきた。だが,トランプ氏の関税による脅しは中国の経済的威圧と何ら変わらない。もしこれが許されるなら,中国に格好の口実を与えることになる。タリフマンの復活で「G6+1」の再現も現実味を帯びてきた。
同盟国にも「銃を向ける」のか
さて,日本は「独りよがりのタリフマン」にどう向き合えばよいのか。米国第一主義に基づく経済的な損得勘定に執着するトランプ氏の関税を武器とするディール外交に振り回されず,ウィンウィンの日米関係の構築に向けてしたたかな外交を展開できるか。
トランプ氏は,すべての国からの輸入に一律10~20%のベースライン関税の賦課を大統領選挙の公約に掲げ,勝利した。同盟国もトランプ関税の標的となっており,次は,欧州連合(EU)が狙われている。
欧州委員会のフォンデアライエン委員長は,関税を回避するため,米国産LNGの輸入を増やす案をトランプ氏に持ちかけている。EUはロシア産LNGの輸入を現在も続けており,関税撤回を条件に米国産に切り替えるのは,EUにとっても一石二鳥。トランプ氏とは「まず共通の利益を見出し,その後交渉する」というのがEUの戦略である。
同盟国にお構いなしに「銃を向けてくる」トランプ氏と撃ち合う覚悟は,日本には毛頭ない。EUと同様,トランプ氏とのディールに活路を見出す戦略だ。トランプ氏の真意を冷静に見極め,日米が問題点を共有し協力する姿勢を示すことが何よりも大事だ。
トランプ氏の関心は,同盟国の防衛費増額や米国の貿易赤字削減,米製造業の国内回帰にある。米国の貿易赤字が5番目の日本としては,米国からのLNGや防衛装備品などの輸入を大幅に増やすとか,日本企業による新規の対米投資を増やすといった提案をするなど,米国経済への貢献を丁寧に説明する必要があろう。
だが,それだけでは済まない,日本が警戒する懸案の問題がある。トランプ氏は日本に対し,2019年に合意した第一段階の日米貿易交渉で積み残しとなった日本の自動車・同部品,農産物などの自由化で大幅な譲歩を引き出すため,日本へのベースライン関税の賦課を取引材料とする可能性がある。
石破首相は2月7日にワシントンでトランプ氏と首脳会談をする。安全保障や経済,技術など幅広い分野での協力を通じた日米同盟の深化を確認し合うというシナリオだ。
だが,予測不能なトランプ氏が相手なので,日米の事務方が作成した用意周到なシナリオ通りにはいかない恐れもある。下手をすると,棚上げ状態となっている第二段階の日米貿易交渉の開始を求められるかもしれない。「雉も鳴かずば撃たれまい」,トランプ関税の標的にされないように,トランプ氏をイラつかせるような石破氏の持論は封印した方が得策だろう。
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