世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4255
世界経済評論IMPACT No.4255

移民のルーツ,奴隷制および外国人労働者

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2026.03.09

 移民問題は古くて新しい論点である。さしあたり歴史を辿ってみると,紀元前13世紀ごろ奴隷として虐げられていたヘブライ人が,モーセによって率いられたとされる「出エジプト」が有名である。ヘブライ人はユダヤ人のルーツとされるが,当時は奴隷状態にあった。やがてギリシア・ローマ時代においても,奴隷階層はごくふつうに存在した。中世ヨーロッパの精神世界を1000年以上にわたって支配したとされるスコラ哲学の中心に位置づけられる古代の哲人アリストテレスは,「自然奴隷説」を唱えていた。じつはその考え方に依拠するかたちで大航海時代は始まった。表面上は「レコンキスタ」(カトリック教徒によるイベリア半島のイスラム教徒支配からの奪還)であったし,それを契機にコロンブスとヴァスコ=ダ=ガマによる大航海時代が始まったのだった。時期の違いはあったけれどもユダヤ教徒とイスラム教徒は,結果的にイベリア半島から追放された。そしてイスラム教徒は北アフリカや現在の中東地域一帯へ,ユダヤ教徒は主にヨーロッパ地域全体へ移動していった。そして当時のヨーロッパ人がそのように呼んだ「新世界」を,スペイン人とポルトガル人が段階的に征服してゆく。そうした一連の歴史過程の中で,「奴隷貿易」と「奴隷制」を中心とした強制移民が日常化したのだった。歴史家アルフレッド・クロスビーは,コロンブスによる第2回航海時(1493年)に「旧世界」と「新世界」との間で「コロンブス交換」がおこなわれたと措定した。つまりこの出来事が,ラテンアメリカ・カリブ海地域とヨーロッパのその後の歴史を規定した。言い換えるならそれこそ,現在のアメリカ新制度学派のダロン・アセモグルやジェイムズ・ロビンソンらによって概念化された「決定的岐路」だったのだ。ラテンアメリカでは収奪的政治制度が,北西ヨーロッパにおいては包摂的政治制度がそれぞれ徐々に構築されていった。とくに奴隷制についてみてみると,その見直しはイギリスが最も早く1807年に奴隷貿易が,1833年に奴隷制がそれぞれ廃止された。そしてアメリカ合衆国では,南部において建国期のタバコプランテーションや19世紀半ばの綿花プランテーションなどで奴隷制が存続していたが,1861年から1865年にかけて戦われた南北戦争の終結をもってその奴隷制も廃止された。最後まで奴隷制が存続したブラジルでは,1888年にようやく廃止されたのだった。

 さてこうした歴史過程において奴隷制がどのように変遷してきたかに応じて,移民問題がたびたび問題化してくる。まずはユダヤ人からみてゆくと,古代エジプトにおいて奴隷状態から「出エジプト」がなり,中世末期にイベリア半島から追放されて,世界各地に分散していった。封建制度下のヨーロッパでは賤民(パーリア)としてカテゴライズされて土地の所有を認められず,金融・貿易・商業・芸術・学術などの領域で頭角を現すことを余儀なくされる。19世紀には,イギリスとフランスにおける金融資本家としてのロスチャイルド家が顕著な存在であった。日本との関わりでは,20世紀初頭の日露戦争時の日本が戦費調達のため発行した外債の購入に積極的に応じたのがロスチャイルド家だったことはよく知られている。

 奴隷制がふつうに見られた時期においては,もとよりアフリカ系黒人が最も悲惨な目に遭った。すなわち「新世界」へ向けて奴隷船によって強制的に移送されたのだった。それは強制移民の典型例なのだが,中南米の鉱山やカリブ海のプランテーションで肉体労働を課せられた。しかもそのような過酷な労働は合衆国南部でも同様であった。そして前述したように,各地で奴隷制は徐々に廃止されたのだが,解放奴隷はその後どのように行動したのだろうか。自由の程度が許すかぎり域内においてもしくは域外へ移動したのである。合衆国内では,南部から北部へもしくは北西部へ移動した。南北戦争後から20世紀初頭にかけての合衆国は「金ぴか時代」と呼ばれたが,鉄道敷設や運河建設,港湾整備などのインフラ整備に関わった労働はアイルランド系,南欧系,東欧系,中国人,メキシコ人などの移民労働者だった。さらに国内の黒人労働者がそれを補充した。

 かくして現在,移民労働はどのように変容しただろうか。もとより現在は奴隷労働ではなくて,賃金労働の外国人である。いくらかは希薄化したとはいえ実質的に収奪的制度が続いている中南米からヒスパニック系労働者が,合衆国とメキシコとの国境から多数押し寄せてくる。その結果,合衆国内で不安定状態に追いやられた白人労働者が外国人労働者排斥運動を起こす。それに乗じたのがドナルド・トランプだったというわけだ。

 じつはイギリスにおいても同様の現象が起こった。いわゆるEUからの離脱(ブレグジット)がそれだ。その原因となったのは,東欧系労働者の存在である。ここにおいてもイギリス内のプレカリアート(不安定な状況に置かれた無産階級)が外国人労働者排斥運動を起こした結果,2020年代のEU離脱にいたったのである。

 ではこの日本はどうであろうか。非正規労働者が合衆国の底辺層もしくは下層の白人に,イギリスのプレカリアートにいつ転落するかわからない状況にあるのではなかろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4255.html)

関連記事

宮川典之

最新のコラム