世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3838
世界経済評論IMPACT No.3838

米中の追加関税115%引下げとASEAN:ASEANの投資環境の優位性は変わらず

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.05.19

 米中両国は,5月12日に追加関税を115%引き下げることに合意した。米国の対中追加関税は145%から30%に低下する。これは,対中相互関税34%のうち90日停止された上乗せ分24%を除いた10%と2月,3月にフェンタニル対策を理由に課された20%の合計である。中国は125%から10%に引き下げる。10%は相互関税に対する報復関税34%から90日停止された24%を除いたものである。

 関税には財政収入を目的とする財政関税と国内産業保護を目的とする保護関税がある。トランプ政権では,貿易収支赤字是正と取引(ディール)という2つの目的でも関税をかけている。貿易収支赤字の是正を関税により実現するのは不可能であり(注1),国内産業を保護して製造業を復活させることも一部の産業を除き難しい(注2)。トランプ関税は財政収入増加とディールのための圧力を除くと効果は期待できない。

 中国に対する145%の追加関税は,あまりの高関税であり貿易ができなくなる禁止的な税率であるため税収増をもたらさない。中国は追加関税の脅しに屈せず報復関税を課したため取引という目的でも効果はなかった。高率の報復関税により米国の対中輸出にも打撃を与え,米国製造業の強化にも役立たず,効果が期待できない失策と言ってよい。衣料品,家電などの消費財の中国からの輸入減と価格上昇は消費者への影響が極めて大きく,部品の輸入減と価格上昇は企業への影響が大きい。その結果としてのインフレと景気悪化は政権の支持率に悪影響を及ぼすため中間選挙での勝利を目指すシナリオに狂いを来たす。

 中国は2020年に提起された双循環戦略で「内循環」により内需の拡大を目指し対米依存を減らし始め,現在消費主導による内需の全面的拡大を進めている。対外貿易でも米国依存の軽減を進めており,ASEANとのFTAのアップデート(ACFTA3.0),RCEPの高いレベルでの実施,CPTPPへの加入交渉など経済連携を強化している。対米依存削減を進めた中国に対し,性急に効果を求めて圧力を強めた米国が弊害に直面し妥協を図ったといえる。

 今回の米中合意により,対中追加関税は30%となったが,相互関税10%で上乗せ分は90日停止というのは他の国と同じ条件であり,中国は他の国と同じスタートラインに戻ったといえる。中国は20%が追加され30%となっているが,トランプ1.0で課された最大25%の追加関税は撤廃されておらず,対中追加関税は最大55%となっている。上乗せ分は今後の交渉次第だが,上乗せ分24%を含めると79%となり,対中関税は80%が適切というトランプ大統領の発言とほぼ同一レベルになる。

 ASEAN各国はカンボジアの49%,ベトナムの46%など高率の相互関税が発表された現在は基本税率10%が適用され,上乗せ分については2国間で交渉中である。中国,ASEANとも追加関税がどうなるかは今後の交渉次第であるが,対中追加関税がASEANへの追加関税より高い状況は変わらないため,中国と比べたASEANの投資環境の優位性は変わらず,貿易と投資における中国からASEANへのシフトは今後も継続しよう。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3838.html)

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