世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国撤収後の秩序なき通商体制下をどう生きるか
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.05.19
米国国際主義時代の終焉
トランプがスタートダッシュで進めていること--合成麻薬流入阻止,不法移民流入阻止,追加関税など--の多くが,疲弊した(主に白人の)中低所得層=MAGA(Make America Great Again)支持層の望む施策である。過去にGreatだった時期が何時かについては諸説あるものの,イメージとしてトランプと支持層に共有される過去の栄光の姿とは「中低所得層でも安定した豊かな生活を送れた時代」である。世界への関与は二の次であり,そのための予算・資源は国内対応に廻せということになる。軍事力と経済力を背景に自国の国益に資するようにディール外交で口は出すが,カネや兵士は出さない,というわけだ。
歴史を振り返れば,米国では,米州内に留まり外部と一線を引く「モンロー主義」の系譜が主流だった時代が長い。米国自らが世界の秩序作りの中心となる国際主義がはっきりこれに取って代わるのは第2次大戦後のことだ。この転換の契機となったのは,世界経済における米国の圧倒的な地位に他ならない。では現状はどうか。いまだに米国は先進国としては高成長を続けているが,新興国の台頭により相対的な地位が低下。国内でも中低所得層が物心ともに困難に陥っている。世界への関与が撤収に向かうのは,むしろ自然であるのかもしれない。
撤収方針は,米国は世界の警察官ではないと明言したオバマ政権時代には明らかになっていた。トランプ第1期政権では大胆にこの方針を推し進め,バイデン政権期においても同盟関係や気候変動対応など調整はしたものの,拙速となったアフガン撤退にみられるように関与撤収方針は変わらなかった。そして今,トランプ第2期政権においては国際主義派を政府内から締め出し(あるいは転向させ),撤収を加速している。
2028年の大統領選挙において民主党が政権を奪回したとしても,撤収方針自体が変わることは無いであろう。
「相互関税」による協定締結はWTO脱退への障害除去にも
上記を前提とした時,今後,世界の通商体制はどうなっていくのだろうか。
第2次大戦後の体制の基盤はGATT/WTOにあるが,トランプのみならず共和党内などでは以前よりWTOへの不満から脱退論がくすぶる。ただし,いきなり脱退した場合,米国は世界のほとんどの国(自由貿易協定(FTA)非締結国)への輸出に対してWTOの低減税率ではなく高率の関税を課されることになり,現実的ではない。とすれば,WTOとは別に,世界各国と個別の通商協定を結んでおけばよい。ただし,トランプ政権の通商方針に従えば,この協定は関税を相互に削減・撤廃する従来からの自由貿易協定ではなく,むしろ逆に,米国が自身の満足する関税率や条件を各国の事情に応じて個別に定めていこうとするような,「非・自由」貿易協定というべきものとなるだろう。WTOのような多国間協定においては,大国といえども中小国家群に束になってかかってこられれば,なかなか自国の要求を通せない。しかし,2国間の交渉であれば,俄然大国が有利となる。
トランプ政権による「相互関税」と個別交渉は,WTO脱退のためということではないにしても(脱退は手段であって目的ではない),まさにこのトランプ型「非・自由」貿易協定作りを進めているものといえる。民主党が2028年に政権を奪回したとして,新政権はトランプ政権がのこした米国に有利な各国との協定を破棄するだろうか。バイデン政権が対中301条関税などをほぼそのまま維持・部分的には強化したことを振り返れば,答えは自明であろう。
さらには,トランプ第2期政権が個別国との「非・自由」貿易協定を結び終えた暁には,米国にとってWTOの相当部分が実態として代替されることになり,WTO脱退への準備も整ってくることになる。だからといって即脱退に繋がるとは限らない(WTOの値打ちはそれだけではない)が,大きな障害が消える。
日本の対応方針に懸念要因も
トランプ政権の通商方針を受けた日本の対応策としては,WTOを重視しつつもCPTPPのような多国間FTAにも注力していくことである,との見方が論壇で多く述べられているようであり,筆者にも異論はない。
ただし,これがうまく機能しない可能性も高いのではないかと思われる。WTOに関しては現状が最悪ではない(もっと悪くなりうる)かもしれない。WTOでは,世界中の様々な国が比較的利害が一致するもの同士でグループを組むなどして交渉を有利に運ぼうとしている。日米はそこでは対立することもあるが,サービス貿易,知的財産権保護,国有企業問題など,市場主義先進国として多くの論点において立場を同じくしている。もし米国がWTOを脱退すれば,当然このチームから抜けることになり,シーソーは中国などの非市場主義的な新興国・途上国側に大きく傾く。紛争処理においても,上級委員の任命を凍結して機能不全にしている米国が脱退すれば,再び機能を取り戻しはしようが,それはシーソーが傾いた状態で,ということになるのではないか。脱退まで行かずとも,「非自由」貿易協定が広がっていく今後,米国がWTOを再度重視してくる将来は見えづらい。
では,CPTPPのような多国間FTAの拡大はどうか。米国が自由貿易主義陣営から消えた今,残る自由貿易主義先進国である欧州諸国に期待が向かう。しかし,欧州主要国の政権の足元もかなり危ういものとなりつつある。
昨年来の選挙や世論調査,議席予測などをみると,「極右」あるいは「ポピュリスト」とラベルを貼られた政党への支持が英仏独で1位となってきており,連立や選挙協力により中道の既存主流政党がかろうじて政権を保持している形だ。米国と西欧いずれもが,急速な移民の拡大,経済格差拡大という問題を一向に解決できないでいる以上,民主主義の結果の表れ方もまた共通してくるのは自然のことであろう。欧州については通商権限が個別国ではなくEUにあることが一定の安全装置とはなろうが,それでも欧州主要国において国際主義を中心に据える政権の存続を当然とは見なせなくなっていることには留意が必要だ。
説教ではなく寄り添う態度,他方で期待を抑える
このように対応策が機能不全を起こす可能性があるとしても,他に妙手は無いだろう。トランプ政権を説教して変心させようとしても,反感を買うだけで効果は期待できない。たしかに,貿易収支を関税でバランスさせようとすることや,2国間の収支に拘ることなど,経済学的には有害無実ではある。ポピュリズム的かもしれないが,しかしトランプはこの公約で支持層から政権を付託されている。トランプは個々の数値やファクトに関して発言はいい加減だし,トライ&エラー方式かつスピード重視で進めようとするために朝令暮改も多い。しかし,大方針はぶれていない。またこの考え方は,彼の従前からの信条でもある。
それよりは,トランプ政権が本当に望んでいること(手段ではなく目的)を見極め,これを実現するように協力し寄り添う態度を示すことが重要なのではないか。本当に望んでいること―,上述したようにそれは,「中低所得層でも安定した豊かな生活を送れた時代」の再現であろう。日本のこれまでの対米グリーンフィールド投資はこの方向に合ったものだし,これから米国が保護主義になればなるほど,つまりは米国外製品との競争が制限されるという意味では,やりやすくなる面もあるといえるだろう。朝令暮改リスクに留意しつつも,対象品目を見極めて,やはりここを押していくしかないのではないか。
ただしその一方で,もはや米国は国際主義には戻ってこないだろうということを前提として,国際交渉やグローバル・サプライチェーン構築において,米国に期待しすぎない体制作りを進める必要があるだろう。その手段としては,やはりCPTPPなどが重要になる。そしてここでは,自身がリスクを内包する欧州に期待しすぎることなく,内容により是々非々で広範な国々を協力相手として迎えいれていくしかないのであろう。
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