世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界秩序と国際関係理論:機能主義的グローバルガバナンスへの邂逅
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2025.10.13
第二次世界大戦から80年が経ち,世界秩序再考の機運が高まっている。そこで本稿では,国際関係理論の切り口から,統合と分解のダイナミクスを用いて,これまでの国際秩序と,グローバルサウス台頭後の機能主義的グローバルガバナンスを考察する。
統合のダイナミクス:主権国家体制による国際秩序
国際秩序とは,国際社会における基本的目標を満たす仕組みであり,2025年現在では,西東南諸国の三極間のバランス・オブ・パワー(勢力均衡)であり,国際関係理論では,対等性を前提とした主権国家間の水平的なガバナンスである。しかしながら,水平的なガバナンスは常に成り立つわけではなかった。その一例が,垂直的なガバナンスである帝国主義や地域統合である。以下では,国際秩序の概観と地域統合の4形態を概観する。
細谷(2012)は,「ヘドリー・ブルは,国際政治学を研究する上での重要な目的が,国際秩序を検討することであると指摘した」としている。ブルの死後は,「英国学派」に連なる数々の国際政治学者たちによって,この問題意識が継承されていった。
ブルは,国際秩序を「主権国家から成る社会,あるいは国際社会の主要な基本的目標を維持する活動様式のことを指す」と定義している。この短い定義は,いくつかの基本的だが重要な点に触れている。
では,現代の国際社会における「基本的目標」とは何であろうか。国際連合憲章を参照すると,第一条の「国際連合の目的」を「国際の平和及び安全を維持すること」と規定されている。また,二つ目の目的に「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎を置く諸国間の友好関係を発展させること並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること」を挙げている。国連の重要な目的はいずれも国際社会の基本的目標といえる。
次に,具体的な国際秩序のあり方として,世界政治の四層構造を概観する。20世紀以降の国際秩序を考える場合,世界政治は形式的な対等性を前提とした主権国家間の水平的関係と位置付ける。しかしながら,それはあくまでもヨーロッパを中心とした見方で,視点を非ヨーロッパに移すと,アフリカやアジアでは植民地帝国が統治を行う帝国秩序が広がっていた。そこに,20世紀の国際秩序を考える際の難しさがある。水平的な国家間関係ばかりではなく,垂直的な国家間関係も視野に入れることで,より立体的に国際秩序を描かなければならない。
20世紀の世界政治の四層構造は,第一層では,諸国家の織りなす国際秩序が存在する。これは,形式的に国家間の主権平等を前提としている。それはイギリスとドイツの関係であったり,アメリカとソ連の関係であったりする。第二層は,帝国的な垂直的秩序といえる。国家間の力の格差が如実に反映される秩序で,植民地支配による独特な問題や混乱が地域ごとに見られるようになる。第三層は,海洋世界の秩序である。そこでは,「パクス・ブリタニカ」という言葉が示すような,巨大な海軍力によるイギリスの覇権が広がっていた。20世紀も半ばになるとイギリスの海上覇権はアメリカへと移っていく。20世紀後半からオバマ政権が新国防戦略を発表した2012年に至るまで,太平洋と大西洋は基本的にアメリカの制海権の下にあり,そこではアメリカによる覇権的な秩序が広がっていた。他方でその覇権は必ずしも独善的で排他的な性質のものではなく,公海における自由航行原則を保障するための,ある程度の善意ある覇権でもあった。
最後の四層目は,国家間関係に還元されないような,人々の移動やコミュニケーション,文化交流,企業の経済活動などに見られるトランスナショナルな活動空間である。この領域は,近年急速に拡大しており,自由な人や物,サービスなどの移動が日常的に行われている。
これらの四つの層が結びつき合って,実際の世界秩序がつくられている。
分解のダイナミクス:宗教の相違による棲み分けが世界秩序の1つとなる理由
上述のように国際関係では水平的秩序が常に成り立つわけではない。サミュエル・P・ハンチントンは,世界の文明間の宗教の棲み分けが地域統合を妨げ,分解のダイナミクスを生み出しているとしている。以下では,この分解のダイナミクスを概観する。
田所(2025)によると,多文化的な共存が不可能な場合,教化による統合よりも,棲み分けによる共存が唯一の現実的な解となる。今日の世界で国際社会を組織する基本的な制度である主権国家は,ヨーロッパのキリスト教世界で,宗教改革の結果,何が正しい信仰なのかをめぐる深刻な分裂が生じたことにその起源を求めることができる。つまり主権国家では,国家によって正しい信仰が異なるため,教化による統合は諦め,お互いの領域主権を認め,それぞれの領域ごとに正統な信仰を決めるという最小限の共存のルールに合意することで,宗教戦争に終止符を打った苦肉の策だった。伝統的な国際秩序の基礎はこの領域主権であり,それは比較的同質的な空間である「国内」と異質で無政府的な「国際」の二層構造となった。しかし,グローバル化とは,共通の市場や制度,規範に基づいて人々が自由に経済的,文化的に交流する秩序であるため,主権国家秩序が想定していた最低限の共存のルールより,多くの様々なルールを共有する必要がある。
では,統合と分解の力学おいて,分解後は,どんな世界秩序が待っているのだろうか。ここで,国際秩序ではなく,敢えて世界秩序というのは,主権国家が支配的な政治共同体であるという前提そのものを,問い直すからである。
人類のこれまでの「秩序」は今日の一般的な基準に照らせば,必ずしも望ましいものではない。しかし,大規模な組織的暴力が行使されることなく,広域的に一定の社会生活のパターンが相当期間継続すれば,田所(2025)では,それを世界秩序と呼ぶことにする。
統合は進歩かに関して,これまでもグローバル化が急速に進展し,しかもそれが明るい進歩を意味すると考えられた時代もあったし,それが混乱と破滅の原因とみなされた時代もあった。それはなぜなのかを問うことは,世界が統合される条件とは何なのかを問うことにつながる。
ここではその条件を4つ分類する。第一は,それぞれの時代の当事者の努力では変えることのできない所与の,物理的,技術的な条件であり,つまり,構造的条件である。新たな技術によってかつては考えられなかった遠隔地と,誰でも瞬時に交流できるようになった。しかし,だからといって人々の連帯が強化され,協力を促すとは限らず,新たな技術が新たな分断や不安定も作り出す。第二は権力的,政治的な条件で,それは究極的には暴力の管理を意味する。いかなる集団も,基本的なルールや制度がなければ存続できない。そしてそういったルールや制度が侵害された時に,合理的な話し合いと説得だけでルール破りを排除できると考えるのはユートピア的である。世界は極めて多種多様な人々から構成されるだけに,顔見知りの間で関係が取り結ばれる小さな集団のように,自然にルールが共有されるようになることは稀である。第三は,多様で大規模な交流を秩序づけるルールの体系,つまり制度的条件である。主権国家の協調的秩序という分権的なシステムの下でグローバル化が進んだこともあった。しかしそういった協調が長続きするには,やはり協調を支える条件が満たされなければならない。またいかに強大な帝国であっても,むき出しの権力だけで統治を続ければ確実に消耗するから,服従を組織するための仕組みはどうしても必要になる。第四は,人々の行動を規制する規範的な条件であり,それは世界の意味を解釈し,人間を内側から規制する象徴的な枠組みである。世界秩序も,それを長期にわたって維持するには権力や合理的に設計される制度だけではなく,規範意識や共通の文化に支えられなければならない。しかし,多様な集団が住む広大な領域では,宗教はもちろん伝統や文化も多様であることが避けられない。
国際関係論からみた国際秩序力学:西東南諸国による国際秩序の志向
宗教の相違により棲み分ける西東南側諸国は,それぞれどのような志向をもっているのか,新たな国際秩序構想となりうる立体的な世界秩序の台頭を加えて概観する。
脇(2025)によると,拡大期に入る前のBRICSのメンバーであるインド,ブラジル,南アフリカは,それぞれ23年,24年,25年のG20の議長国であり,いずれもG20の議長国を務めることを自国の国際的な発言力,影響力拡大のテコにしようとしてきた。米国や欧州諸国,日本などが参加するG20の議長国は,西側諸国との協調も意識する必要があり,BRICSでの中露とは目指すところも違う。グローバルサウスとBRICSの関係については,インド,ブラジル,インドネシアなどグローバルサウスを代表するような国々が,どのような国際秩序を志向しているのかを知ることが重要である。
ウクライナ戦争で世界秩序は大きく棄損され,米中対立や米欧とロシアの対立が深刻になり,国連などの国際機関は機能不全に陥った。その状況に対して,バイデン政権当時の米国は冷戦後に米国が主導してきた比較的リベラルな秩序の修復を目指し,欧州主要国も同様な考え方だった。その根っこには,米欧を中心とする第二次世界大戦後の世界秩序の継続という暗黙の前提がある。他方,中国とロシアは米欧を中心とする秩序への挑戦者だが,ロシアは第二次世界大戦の戦勝国であることを自らの発言力の根拠とし,ウクライナ侵攻後の2023年3月に発表した外交政策の基本指針でも「ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国であり,2大核保有国の1つである」と強調している。中国も米国が主導する秩序から多極化する世界に移行すると強調しつつ,自らは常任理事国として拒否権を持ち,既存のさまざまな国際機関で影響力を行使する第二次世界大戦後秩序の既得権者であるとしている。
一方,インドのモディ首相は2023年1月に「第1回グローバルサウスの声・サミット」で行ったスピーチで,既存のグローバルガバナンスモデルが「80年も続いて古くなり,徐々に変わっていく」と指摘し,「これからは,われわれが新しい秩序の形成に努めるべきだ」と強調した。インドなどが目指すのは,冷戦後の秩序の修復でも,80年前の力関係に基づく第二次世界大戦後秩序という基礎の延長でもない。現在の経済規模なども反映して,グローバルサウスがより大きな発言力を持ちうるような,世界秩序の根底からの立て直しである。
結語
世界秩序は,国際関係理論では,対等性を前提とした主権国家間の水平的なガバナンスであった。しかしながら,文明間の宗教の相違に基づく分解のダイナミクスは,世界秩序のあり方に再考を迫っている。水平的なマルチラテラリズムでも垂直的な帝国主義でもない世界秩序のあり方として,グローバルサウスを加えていく際に,目的に応じて構造化する立体的な機能主義的世界秩序のあり方をどのように国際法,国際慣習法や国際機関に反映していくか,その国際政治の動向が今後注目される。
[参考文献]
- (1)田所昌幸(2025),『世界秩序 グローバル化の夢と挫折』,中公新書.
- (2)細谷雄一(2012),『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』,中央公論新社.
- (3)脇祐三(2025),「グローバルサウスから見たBRICS」『世界経済評論』, Vol. 69, No.4, pp.6-12,文眞堂.
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