世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4044
世界経済評論IMPACT No.4044

世界秩序と国際関係理論:科学的実在主義に基づく国際開発制度研究

鈴木弘隆

(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)

2025.10.27

アクティブラーニングと「知識基盤社会」

 教育課程研究会(編)(2020)によると,“アクティブラーニング”という言葉が文部科学省,中央教育審議会において使われた嚆矢は,2012年8月の中央教育審議会答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」である。「従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から,教員と学生が意思疎通を図りつつ,一緒になって切磋琢磨し,相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り,学生が主体的に問題を発見し解を見出していく能動的学修(アクティブラーニング)への転換が必要」という文脈において登場している。大学の学びを学修時間(量)とアクティブラーニング(質)の双方の観点から抜本的に改善することを求めた同答申の提言は,現在展開されている高等学校教育,大学教育,大学入試者選抜の一体的な改革のトリガーとなった。

 子どもたちが迎える未来については,どのような見通しが考えられるだろうか。前回改訂では,これからは新しい知識・情報・技術が社会のあらゆる領域で飛躍的に重要性を増す「知識基盤社会」であるとの認識が示された。今後の社会においてもそうした認識は変わらないが,知識・情報・技術をめぐる変化のスピードが,私たちの予測を超えて加速度的になってきている。とりわけ最近では,進化した人工知能が様々な判断を行ったり,身近な物の働きがインターネット経由で最適化されたりする時代の到来が,社会や生活を大きく変えていくとの予測がなされている。

教養と仕事:「何を学ぶか」,「何をすれば良いのか」

 シュライヒャー(2020)によれば,かつて「教育」と言えば,単に「生徒たちに何かを教えること」を意味していた。しかし,今や「教育」は「ますます不確かで,移ろいやすく,先が見えなくなっている社会という海で,自分たちが進むべき海路を見つけるために頼りとなるコンパスや航海術を生徒たちが確かに磨けるようにすること」を意味する。

 前掲の教育課程研究会(編)(2020)によれば,なぜ「主体的・対話的で深い学び」なのかに関して,学習指導要領の資質・能力の三つの柱となる,①生きて働く「知識・技能」,②未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」,③学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」,これらを育むためには,学んだことと自分の人生や社会のあり方を主体的に結びつけたり,多様な人との対話で考えを広げたり,教科等で身に付けた様々な見方・考え方を通して世の中を捉え,深く考えたりすることが重要となる。こうした学びのあり方が「主体的・対話的で深い学び」である。

 「深い学び」については,習得した知識や考え方を活用し,問いを見出し解決したり,自己の考えを形成し表したり,思いを基に構想・創造したりすることに向かう学びのことである等,現在,中教審において議論・検討中である。学びの「深まり」の鍵は,各教科等で活用される「見方・考え方」で今後の授業改善等で重要な概念になると考えられる。

 ワグナー(2020)によれば,「教育の危機」とは学びの危機である。およそ半世紀にわたって,開発援助機関と各国政府が,「教育の危機」とみなされる状況に関心を向け,懸念していたことは「学びの質を如何に担保するか」という問題であった。

 しかしながら,この問題に関して,竹村(2020)は,変化が激しいグローバルな時代に求められるクリエイティブ・リーダーの資質やスキルは,限られた教科のテストで良い点を取る学力だけで育たない。また藤原(2020)は,貧困家庭に生まれた子どもたちに,具体的な手を打たずに,「あなたには無限の能力があるのだから,大学など行かなくても何にでもなれる」というのは大人の欺瞞でしかない。では,「何を学び」,「何をすれば良いのか」。まずは,何を学ぶかを概観する。

学ぶ動機:関心(金=道具主義) と 興味(面白い=教養)

 「関心に基づく道具主義」とは,利害関係に基づく利害の移転の効率に関する教育である。関心とは,自由契約に基づく利害の移転とその対価の交換である。例えば給料が支払われるには,利害の移転をせねばならない。つまり,相手方に自分の利益を移転するか,自分方に相手の害を移転するかである。ノーマン(2024)によれば,イギリスのウィンチェスター・カレッジの精神は,「何かを学ばなければならないとすれば,それが面白いか,学ぶこと自体に価値があるかだ」とする考えに基づいていた。

 「関心がある」,すなわち「利害関係を保持している」,更に別の言葉で言い換えれば,給料が高い「良い仕事」を得るために教育を施すという姿勢は,「道具主義」と呼ばれる。「役に立たない学び」はその対極にあり,「利益を求めない学び」に取り組むのは,「楽しいから」,「学ぶことそれ自体に価値がある」からだ。ウィンチェスター・カレッジを他校と違うものにしたのは,同校で施される「役に立たない学び=教養」であった。

 19世紀イギリスの「モダンデザインの父」と呼ばれるウィリアム・モリスは「面白いものを知るという本質的な価値観に基づき,機能的であるとは思えないものだけでなく,美しいと感じられないものを,決して家に置かない」と述べている。

 ノーマンは,「学び」を次のようにまとめている。「世界には興味深いものがあるし,全てただ面白いという理由だけで知る価値がある,そして知りたいと思えば,なんでも知ることができる」。

教育としての科学的実在主義に基づく国際開発制度研究

 アクティブラーニングで身に付けるべき「見方・考え方」は,科学的実存主義(Scientific Realism)である。科学的実在主義とは,科学において措定される観察不可能な事物が存在するという考え方で,「成熟した科学で受け入れられている科学理論は近似的に真である」という形でしばしば定式化される。新型コロナウイルスや抽象的概念のように肉眼では観察不可能な事物が存在することを確かめるには,正しいモデル選択に基づき平均ゼロと有意に差があることを確率論的に推論する統計学の教育が不可欠である。

 大学教育で科学的実在主義の「見方・考え方」を身に付けた後,学生には自分の興味関心に沿った深い学びが求められよう。そのテーマとして,例えば,国際開発制度が異なると教育の成果はどう異なるのかというものがある。具体的には,科学的実在主義の観察不可能な事物の存在証明により,ほとんどの途上国が,数十年にわたって開発に取り組んできたにも関わらず,最終的な「先進」段階には達していないことや,先進国の中には,経済成長が停滞し始めている国のどういった制度が各国間で異なった帰結をもたらしたかを,科学的実在主義に基づき推論するのである。以下は政治学の方法論の一例だが,具体的には,測定(計量評価),質的(過程追跡,因果推論),基礎論(量子力学)に基づく,自然科学と社会科学(政治学)の双方に整合的なものである。

 大学生が研究テーマとすべき制度論の一例としては,ブレトン・ウッズ体制と経済開発の起源がある。ワグナー(2020)によれば,現代の開発事業の起源は,1944年7月のブレトン・ウッズ会議で確立した国際通貨制度にあると言える。正式には連合国通貨金融会議(United Nations Monetary and Financial Conference) と呼ばれているが,この歴史的会合が,第二次世界大戦後に国際通貨基金と世界銀行を設立する基礎となった。連合国44カ国の代表がこの重要な会合に参加し,「経済的繁栄」や「経済的離陸」という表現を使って,豊かな国々が他国(特に,当時の戦争による被害を受けた国々で,その後は,貧しい状態から抜け出せない国々に対象が移った)の経済復興や経済成長を支援する方法を話し合った。しかし,この会議には,貧しい国々はこの会議を主導する国々に近づいていくべきとする思い込みが根本にあった。

 W・W・ロストウは,自著「経済成長の諸段階」(1960)の中で経済成長を5つの主要段階に区分した。すなわち,(1)伝統的社会,(2)経済的離陸のための先行条件期,(3)離陸,(4)成熟への前進期,(5)先進社会(高度大衆消費社会)の5段階である。ロストウによれば,開発は直線的に進み,最終的には,開発による進歩や富を世界中のすべての人々が共有するような状態になる。半世紀以上経った今でも,このロストウの理論は,開発分野において強い影響を与え続けている。これは,データがロストウのいう発展段階を支持しているからではない。「真摯な取り組みと適切な投資が個人と国家をより良い未来に導くと仮定するしかない」と思われているからである。しかし,現実には,ロストウの考え方は以前ほど信頼のおけるものではなくなっている。ほとんどの途上国は,数十年にわたって開発に取り組んできたにも関わらず,最終的な「先進」段階には達していない。さらに,先進国の中には,経済成長が停滞し始めている国もあり,多くの途上国が世界市場における混乱の影響を被っているといった研究テーマの課題が教育成果検証の一例として俎上に載せられる。

 2025年は,第二次世界大戦80周年の節目を迎え,教育と学びのあり方にも変化の要請が生じている。教育と学びにおける変化の要請とは,共生のために利害やパワーに還元できない様々なルールを共有することである。近年,グローバルサウスの台頭に伴い世界秩序再編の気運が高まっている。国際復興開発に関する課題に対応するためにブレトン・ウッズ体制の再考が迫られるか,今後の国際政治の行方が注目されよう。

[参考文献]
  • (1)アンドレアス・シュライヒャー, 教育課程研究会(編)(2020), 「生徒が変わる,学校が変わる「アクティブラーニング」」『アクティブラーニングを考える』, 東洋館出版社.
  • (2)教育課程研究会(編)(2020), 『アクティブラーニングを考える』, 東洋館出版社.
  • (3)ジョー・ノーマン(著), 上杉隼人(訳)(2024), 『英国エリート名門校が教える 最高の教養』, 文藝春秋.
  • (4)竹村詠美(2020), 「新・エリート教育 混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?」, 日本経済新聞出版.
  • (5)ダニエル・A・ワグナー , 前田 美子 (訳)(2020), 『SDGs時代の国際教育開発学: ラーニング・アズ・ディベロップメント』, 法律文化社.
  • (6)藤原さと(2020), 『「探究」する学びをつくる:社会とつながるプロジェクト型学習』, 平凡社.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4044.html)

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