世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3624
世界経済評論IMPACT No.3624

トランプ勝利が示す「変わりゆく米国」:4年後も,以前の米国に戻る保証などない

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.11.18

経済面の格差と文化面の乖離

 接戦と言われていたのが蓋を開けてみればトランプの大勝といって良いだろう。今回は得票数でもトランプがハリスを上回った。2016年の勝利は「弾み」の要素があったにしても,2度目(2020年の敗戦も含めれば3度目)の今回は「正味」での勝利であろう。

 今回の選挙では,共和党の歴代大統領・副大統領が党大会に出席せず,チェイニー元副大統領に至ってはハリスの側に着いており,その上でのトランプ勝利の意味するところは重い。バイデンに至るまで,党派による揺らぎはあっても,自由主義と国際主義では超党派で共通していたところが,今回,米国の民意はこれを退け,トランピズムという自由主義と国際主義の抑制(ポスト・リベラリズム的思想,自由貿易の抑制,一国主義等々)を改めて選んだということになる。

 背景にあるのは,経済面での格差(グローバル化/サービス経済化を利活用できる国際派vsグローバル化/サービス経済化に適応できない地元派),および,文化面での乖離(多文化主義に馴染んだ国際派vs伝統的文化を重視する地元派)だ。後者の典型例がラストベルトの輸入競合製造業労働者ということになる。ここ数十年の間に経済の重心が後者(地元派)から前者(国際派)へとシフト,民主・共和両党が資金的な紐づけもあり,後者ではなく前者を代表するようになった。「忘れ去られた」後者の選挙民の存在に,本来は前者の属性の持ち主であったトランプが気づき,票を攫って2016年選挙で勝利することとなった。

 ただし今回,トランプが後継を意識して副大統領に選んだバンスは,トランプ本人とは異なり,筋金入りの後者としての生い立ちを持つ。そこから勝ち組へと成り上がったが,これから本気で共和党を後者のための党に変えていこうとするだろう。実際,既に今回の選挙においても,支持層は白人労働者層から黒人・ヒスパニックの労働者層へと拡大している。民主党は元来,経済面での地元派労働者を支持層としていたが,党主流派の国際主義重視と新興左派の多文化主義の強さを嫌って,トランプに流れた。

連動する米国・欧州情勢

 「ポピュリスト」右派政党の躍進は米国に限ったことではなく,今年の欧州議会選挙におけるフランス,ドイツ,オランダなど,あるいはフランスの国民議会選挙でも見られた。グローバリゼーションと経済のサービス化についていけなかった地域経済・住民は窮乏し,大量の移民は低賃金労働者の(潜在的)競合相手となるのみならず,移民がもたらす多文化主義が従来からの伝統文化との軋轢を生む。

 フランスの国民議会選挙では,第1回投票において,極右,あるいはポピュリスト政党と呼ばれる国民連合が33%の票を獲得して第一党に躍り出た。これに対して第2回の決選投票では,与党連合(中道派),新人民戦線(左派連合)が広範な選挙協力を実施することにより国民連合の議席獲得を阻止。最終的な議席数では新人民戦線が最大となった。無理を承知で米国に置き換えれば,共和党の中道旧主流派が民主党と組んで,トランプ派を押さえたような構図にもみえる。

 歴史を振り返れば欧米諸国は,福祉国家時代からレーガン/サッチャーの新自由主義の登場,さらにはクリントン/ブレア/シュレーダーの新自由主義的な左派政権の誕生と,政治・経済,加えてその後景としての社会情勢は常に連動して動いてきた。ポピュリスト政党の台頭は,その後に連動して生じている現象といえる。多少のタイムラグがあるにせよ,経済の発展状況や技術革新レベルが近く,また,大枠となる冷戦構造やグローバリゼーション動向なども共通している以上,連動は自然な動きであろう。

トランピズム進行と欧州への影響

 トランプにせよ,国民連合にせよ,当初は時代の歪みを示す特異な存在であり,ジョーカー的な捉え方をされていた。2016年にトランプが勝った時にも,まだ,そうした論調が強かった。2020年にトランプが負けた時,影響力は薄れていくだろうとの予測もあった。しかし逆に影響力は強まり,今回選挙では,2016年時を上回る勝利となった。

 バイデン政権下においては上述の経済面の格差解消に向けた諸政策が取られ,その実効性はともかくとして自由貿易派だったバイデンは保護主義に転向した。とはいえ貿易が格差に与える影響はそれだけではさほど大きくはなく,また急に状況が変わるわけでもなく,逆にガソリン価格などのインフレが低所得層を直撃した。加えて,不法移民が記録的な人数で入国し,文化面の乖離が激しく加速している。

 ホワイトハウス,上・下院を共和党が押さえ,さらには最高裁の保守化も進んだ。議会共和党内はいまだ完全にはトランプ色に染まっていないが,それでもこれから共和党のトランピズム化はさらに進行し,徹底されていくだろう。こうした米国の動きは,欧州で同様の指向を持つ政党や国家を勢いづけ,自由主義と国際主義を前面に出す共和党旧主流派的な政党や国家とはぶつかることになる。欧州でも足元の潮流は,上述のようにトランプ有利に流れているようにみえ,トランプ勝利は,そうした先進国政治経済情勢の流れを少なくとも一旦は加速することになるのではないか。

以前の米国に戻る,という保証などない

 第2次トランプ政権の予想される政策方針について,1つだけ,通商面を見てみれば,中国を最大のターゲットとしつつその他の国に対しても,主に関税による保護主義を強化していくことになる。そもそも大統領の権限だけでも相当な追加関税が実現可能であることは,第1次政権で実証済である。これに議会もおさえたトランプ政権は,訴訟を起こされた通商法301条(不公正貿易)のみならず使い勝手のよい通商拡大法232条(国家安全保障),さらには立法も視野に,今回もさらなる関税を課してくることが予想される。中国をはじめとして,多くの国が,これに対してWTO提訴するのみならず,WTO手続きをスルーして対抗措置を発動してくることになろう。

 少し気が早いが2028年,もし民主党が政権を取り返したとしても,関税は完全に元に戻ることはないのではないか。それは,バイデン政権が第1次トランプ政権による追加関税の多くをそのまま引継ぎ,あるいはさらに強化した前例からも窺われる。そもそも,4年後の民主党がこれまでの国際派&多文化主義の民主党とはかなり違ったものになっていることすら考えられる。2012年時点で,誰が2016年のトランプ共和党を予想できただろう。その共和党も,さらにこれからトランプ−バンスの下で変わっていく。

 トランプの登場が米国政治・経済・社会の問題の原因ではなく結果である以上,その原因が解消されない限りは,米国の政策はこの方向性のままであろうし,それに合わせて政党もまた中身を変えていく。いつか原因が解消された時にも,米国は以前と同じということはなく新たな米国になっている。人口・人種構成が変わり,世界における相対的国力も変わり,技術革新が進む。いまだに多くの人たちが「トランプが引退すれば,以前の米国に戻る」と信じているように感じるが,そうした保証などない。

 米国と同盟を組み,米国市場で多大な収益を上げている日本/日本企業としては,そうした超大国の変容に適応していくしかないのであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3624.html)

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