世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
自民党総裁選,語られなかった将来ビジョン:拭い去れない違和感
(関西学院大学 フェロー)
2025.10.13
自民党の指導者選びが終了,新たな総裁に高市早苗氏が就任した。以降,国会での10月15日の議決を経て,日本の新たな総理大臣が誕生する。
自公両党は国会両院で多数を保持する座にはないため,議会で首班に選ばれるには,野党との小連合,或いは大連合が必要。あるいは反高市のムードが醸成され,野党の大連立があきるか。結局,そのいずれかでなければ,新政権は成立しない。
それ故,自民党総裁選で各候補者は,野党との協力余地を残すため,持論を相当程度封印する形で論陣を張らざるを得なかった。
さらには,党内選挙の初戦で生き残った2名の上位得票者間でのRun-Offが当初から予測されていた為,各陣営は,初回敗退した3候補の支持票を自陣に取り込もうとの思惑から,対立陣営への政策批判を控え,どこからも,そして誰に対しても,批判が出ない構図が端から出来上がっていた。
しかし,こうした思惑・配慮が,責任政党として国民に真に提起すべき課題を曖昧にしてしまった。日本社会の再生・経済の復権・平和外交を推し進めるための国際的発言力の回復等,そんな骨太の論点は全く取り上げられず,ポピュリズム丸出しの題目を総論的に繰り返す,イベントとなってしまった。
更に,裏金問題は自民党内で封印されることになり,指導者交代が新しい血の取入れたかというと,候補者の公約を見る限り,そんな気が全くしない。亦,高市総裁は,今回争った各候補者に政権の一翼を担ってもらう意向を強調したが,こうした党内融和姿勢を示さねばならなかったのには,当然に理由がある。決選投票の際の国会議員票だけで見ると,高市149票,小泉145票と,その差はわずか4票に過ぎないからだ。逆に言えば,高市候補は結局,都道府県票で勝ったわけだ(都道府県票47票中,高市36票,小泉11票)。今回総裁選では,地方の声を反映させるよう,党員への割り当て票を増やせとか,或いは,自民党青年局・女性局主宰の討論会開催の形式が取られるなど,若手や女性の活躍の場が観られたという。新聞解説では,都道府県票がこんな状況下,麻生派が「地方票の動向に従って,国会議員の投票先を決める」という方針を出し,それが大勢を決した。一方,自民党の高市執行部の顔ぶれが決まってくると,その派閥偏重気味の旧来人事に,野党や自民党内の一部から批判の声があがり始めている。加えて,こんな時には自らの存在感を示しておかねばとの,公明党の姿勢も垣間見られるなど,高市総裁,目配りが過ぎた故の,逆の反響も導き出してしまったとも言える。こうした諸々の動き,“過ぎたるは猶及ばざるが如し”の典型例だろう。
結局,今回の総裁選,最終的には,党の顔を“古いおじさん顔”から“女性”に差し替えるか,或いは,“若手リベラル”に取り変えるか,の選択になったが,結果は,故安倍首相の流れを汲んだ保守層復権にとって便利な,更に,参議院選挙で軟弱化した岩盤支持層を再度固定化する,そのために有利な,“女性”を選んだ選挙になったわけだ。
そして,自公両党だけでは議会の過半数を取れない状況が変わらない以上,選べる政策の選択肢も,石破時代と余り変わらないであろう。マキアヴエリは「君主論」の中で,「新しい秩序を打ち立てるということぐらい,難しい事業はない」と言い放っている。何故なら,改革の実行者は「現体制下で甘い汁を吸っていた人々全てを敵にまわすだけでなく,新体制になれば得をする人々からも,生ぬるい支持しか期待出来ないものだから…」。彼は亦,次のようにも言う。「変革というものは,一度起こると,必ず次の変革を準備する」。つまり,変化は連続して起きる地滑りのようなもので,次から次へと発生する地滑りへの対応は,傷付いていても未だ使える指導者(石破氏)にとことんやらせ,彼が力尽きた際,次期指導者がその成果を頂戴するというものか。石破退陣表明直前の各新聞社の世論調査では,石破総理への支持率が自民党へのそれよりも高かった。そうした状況を知りながら,敢えて石破降ろしを行ったことはマキアヴェリ的には「時期尚早」だったのか。さらにマキャベリは次のようにも記す。「突然に地位を受け継ぐことになってしまった者にとって,心すべき最大のことは直ちに,土台を固めることである」。亦,「君主たるもの,もし偉大なことを成し遂げたいと思うなら,キツネとライオンに学ぶようにしなければならない…罠を見破るという意味では狐でなければならないし,狼どもの度肝を抜くという意味では,ライオンでなければならない。つまり,君主たるもの,人をたぶらかす技と,敵を威圧する力の双方を保持していなければならない」。と…。
恐らく,自民党の“解党的改革”が齎す事態の深刻さを高市総裁はよく理解しているからこそ,今後は挙党一致の姿勢と,国民生活の安定を志向して,自分は「働いて,働いて,働き尽くす」覚悟,つまり,一昔前の滅私奉公型の姿勢を強調するのであって,そうした姿勢が亦,社会一般に広がる,今風の緩み切った職場規律を引き締める,ある種の新鮮感を生み出すことにつながって行けば良い,との保守派としての計算も持ち合わせている。言い換えると,高市総裁は多分,そのような“古さ”の強調が,自分の政治スタイルを一層鮮明化させることを本能的に熟知している。だが,そうした自分流を貫こうとしての人事に着手した途端,前述のような党内外からの摩擦を引き起こすのだ。政治とは所詮,そんなものなのだろう。
日本政治にとって真の課題は,前述の,社会の再生・経済の復権・平和外交を推し進めるための国際的発言力の回復のはず…。顧みれば,筆者がまだ若年だった頃,日本は,安心・安全を誇った社会だった。それから早50年後の今,日本社会は今や様変わりしてしまった。試みに今日一日の小生パソコンに送られてきた不信メールを2~3列記すると,自分では開設もしたことのない銀行の,小生口座なるものが閉鎖されるので至急連絡するように促すメールや,自分では使ったこともない,某ポイントの還元期間が過ぎそう,至急連絡するようにとの注意喚起メール等など,結構,それらしき偽メールが届いている。1~2年前はパソコンにウイルスが伝染したので回復のための支払いを求める詐欺にまんまと引っかかったこともある。
まぁ,そんな愚痴は兎も角として,昨今の日本社会の治安は悪化し続けている。独居老人が強盗に狙われ,行きずり殺人も横行。メールを使った詐欺,闇バイトに引っかかる若者,警察官を装った詐欺が頻発,等など…。SNSやネットが社会に行き渡り,それと共にネット詐欺の範囲も飛躍的に増殖する有様。新聞報道などによると,偽メールの発信元は外国が圧倒的に多く,日本は世界からネット犯罪の標的にされているらしい。そして,こうした状況はもう,日本にとって,立派な安全保障の問題そのものではないのか…。
別のテーマに移ると,日本経済は依然,低迷から脱し得ない危機的状態にある。このところの株高や,ポツリ・ポツリと発表される経済の回復基調報告等に惑わされそうだが,冷静にデータを検証すると,日本経済のジリ貧基調は依然継続中。
IMFのデータでは,GDPで観た日本の世界経済に占める割合は,嘗ての15%から,今や4%にまで凋落している。それ故,経済規模で見ると,世界第4位の位置も,今のままでは早晩,他国に抜かれる運命をまぬがれないだろう。
国民の豊かさ…。この面でも,一人当たりGDPをOECDのデータで拾うと,日本は10位台から,今や30位台後半にまで下落してしまっている。
一方,日本の株価は,直近,極めて好況のようだが,それでも,嘗て世界の時価総額の10%台を占めていた地位からは大きく後退,今や,時価総額ベースで5%台へと急落。昔は時価総額で10位以内に犇めいていた日本の大手企業群も,今では,その栄光の地位を大きく落として見る影もない。
製造業,延いては製造企業を中心軸に据えた政府の経済・金融政策が,低金利の選好・輸出の確保を優先させ,数多く打たれた積極財政策や円安政策。そして,そのためにも金利は超低利,もしくはマイナスが望ましく,そんな財政・金融政策を継続してきたために,日本は今や,財政赤字が世界で断トツの国。逆に言えば,国民の金融資産は,財政支出増が齎しかねない金利上昇を恐れる政府の手で,複利の裨益を全く享受できないまま,長期の時間が過ぎ去った。おかげで日本の一人当たりの所得は,折からの円安の影響もあって,アジア諸国の中でも今や中位に位置するに留まってしまっている。
尤も,失われた30年に日本企業はそれなりに健闘してきた。高収益を続け,海外投資を伸ばし,株式市場の洗練度が増すにつれ,株主還元も進めてきた。それでも手元には,内部留保がたまり続けた。しかし,裏を返せば,そんな日本企業の経営上の問題が,少なくとも4点指摘され得るだろう。①投資の殆どが海外投資。人口減少や消費の低調さ故に国内投資は低迷。故に投資の乗数効果が働かなかった。②国内市場の将来不安故に,収益を元手としての賃上げには消極的。為に労働分配率は低下し,国内消費を低迷させた。③革新的技術・新製品開発には至らない掛け声倒れのイノベーション(EVや脱炭素技術を見つけ出しても,その商業化には中国などには後れを取った)。④ITやAIなどの分野への経営資源の投入が,中国などに比べて大きく遅れた等など…。つまり経営にAnimal Spiritが決定的に不足しているのだ。
高市総裁は,こうした根本課題にどう立ち向かって行くつもりなのだろうか…。出生率が大幅に低下し,将来人口が急減すると予想される中,国内市場を成長させる難しさや,企業に国内投資を増やすことを要請する困難は,想像するに余りある。
恐らく今必要なことは,賢く縮む知恵と,そこに至る道程を描く創造性と,そうなった場合の社会生活の在り様を予見し,今からその準備をするビジョン創りだろう。
日本にとっての骨太の課題の最後は…。低下し続ける経済力が,日本の外交能力を損なわないはずがない。それを今後,どう挽回するか…。
考えてみれば,高市自民党総裁も大変なタイミングで,与党の責任者の座に座ることになった。仮に,10月15日に国会で総理指名を得たとしても,直後の17日から19日には靖国神社の秋季例大祭がある。これまでは,この例大祭に高市議員は参拝していたが,今年はどうするのか。10月末から11月にかけては,重要な外交日程が山積している。10月31日からの,韓国でのAPEC首脳会議に向け,その前に①先ずは一連のASEAN各国との首脳会議が設定されている。その後には②トランプ大統領の訪日。そして,③APEC総会の場では,韓国の大統領とも会談するだろう,④この機会を利用しての日中首脳会談の設定も,外交当局の間では,当然試みられているだろう。一連の外交日程を前に,高市総裁は従前通り,靖国参拝を行えるだろうか…。参拝すれば韓国や中国首脳との関係(米国も,恐らくは参拝を抑制するべし,との姿勢)が傷つき,行かなければ国内保守派の失望を招く。政治指導者が直面する二律背反の立場に,高市総裁は早速立たされるわけだ。
おまけに,そうした最中,10月末には日銀の金融政策決定会合が開催され,事前予測では金利の引き上げが決まるのではと…。ところが,高市総裁は,積極的な財政政策と緩和的な金融政策を志向している。そんな新総裁の姿勢に,日銀はどう反応するのか…。そんな日銀に,高市総裁はどう対応するのか…。そして,そうした時々の選択が亦,日本の社会や経済の先々に大きく響いてくる。
国民の生活に直結する経済課題への,こと細かい政治対応が,即,日本の将来を規定する大きな問題に直結するメカニズムが明瞭になっている今の日本…。財政と金融,為替などと言った,経済活動を統制する手段を,或る意味で失ってしまった現在の日本…。政治は経済に従属してしまうのか,或いは,それでも経済をねじ伏せることが出来るのか…。
そんな日本の政治の指導者とは,真に大きな責任を背負った,その意味では十字架を背負ったキリストの如くにも見えてくるのは,浅学講釈師の曇り眼鏡故であろうか。
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