世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3985
世界経済評論IMPACT No.3985

トランプ大統領の,新しい7つの顔:第一期政権期との比較でみた特色

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2025.09.15

 戦後生まれの筆者がまだ小学校の低学年だった頃,親父によく映画に連れて行ってもらった。最近,その頃の映画が頻繁に思い出されるが,その思い出を発端・切り口にして,本稿では,古の日本映画「7つの顔を持つ男」を題材に最近のトランプ大統領を分析してみたい。

 映画「7つの顔」は,1946年に封切られた片岡千恵蔵主演の私立探偵多羅尾伴内シリーズの第1作。今にして思うと,「或る時は片目の運転手,またある時は云々」といった風に,自ら7つの顔・職業に変装することで悪人と戦う,荒唐無稽なアクションもの。戦後,日本に軍国主義が再勃興するのを恐れた占領軍指令部が,映画会社に時代劇の制作を禁じていた頃,敗戦日本の大衆が,現実感抜き,理屈抜に楽しんだ,いわば一種の泡沫的痛快娯楽作品だ。何故,最近のトランプ大統領の行動分析に,多羅尾伴内を分析の基準に援用しようとするのか…。それは,敗戦直後の日本の大衆の鬱積感と,“忘れ去られた人々”とも言われる,所得や資産格差の底辺で喘ぐ現下の米国のMAGA有権者の鬱積とを,ダブらせたくなったからだ。換言すれば,日本の失われた30年の間,米国の重厚長大型産業従事者も,彼ら特有の失われた30年を体感していたのではないかという思いによる。

 そうした“忘れ去られた人々”の,鬱積感を刺激するトランプの,政権2期目と一期目と異なる7つの,それぞれに違った顔(特徴)を齎している。その7つの顔とは,筆者流に記述すれば,概ね以下のようなものになる…。

  • 1)第一期政権の人事大失敗の猛省故,今回は,その轍を踏まぬよう,己への忠誠を徹底的に重視・追求した閣僚・ホワイト・ハウス人事。人事権に制約を受けないOwner経営者の顔。
  • 2)嘗て己が製作にも関与した,NBCテレビのリアリティー番組“Apprentice”を地で行く,“You are fired”(お前は首だ)という言葉の連発,つまり己が持つと信じる権限の最大限発動する米国一の解雇・首切り王としての顔。しかし,多くの権威ある人物や政府高官を,バッサリと首にする,そんなトランプの姿に,社会の底辺層は密やかに喝采を叫んでいる。
  • 3)全ての免罪符は,Make America Great Again(徹底的なMeismの追求)という標語。そのスローガンをかざして,米国経済再生の道を示すという,伝道師としての顔。
  • 4)自分を争点にせず,常に相手を争点とする姿勢(攻撃こそ最大の防御)で,“交渉相手”を攻めまくる。そんな“攻め手の大将”の顔。
  • 5)交渉は,常に強い立場から行うこと(力の信奉。持てる力は,行使して始めて意義を持つ)に徹する。強者にのみ許される,相手に覆いかぶさるような圧力賦課を好む,謂わばサド的プロレスラーの顔。
  • 6)最後の振り付けは,天性のShowmanshipを発揮する,芸人の顔(人々に知られてこそ,価値が芽生えるとの,強烈な自己承認欲求)。
  • 7)“神がかり”にも似た,勘に基づく政策決定を真髄とする,それ故,出て来る統計を見て判断するエコノミスト(含むFRB の各理事たち)を忌み嫌う,確信的ギャンブラーの顔。

1)経営者の顔

 第一期目のトランプは政治に確たる基盤を持たず,共和党主流の勢力の伝手で自らの閣内や,ホワイト・ハウス内に取り込まざるを得なかった。結果そうした勢力から,政策の実行を阻まれ,閣内に多くの反対勢力を抱え,その多くを放逐せざるを得ないという組織管理の不備に悩まされた。その苦い経験を繰り返さないために,目指した第一の顔は,共和党の大株主,ホワイト・ハウスの,文字通りのOwnerとしての顔だった。

 2期目政権を,どうすれば己の息のかかった陣容と為せるか…。先ず,側近中の側近であるSusie Wiles女史を首席補佐官に抜擢,政権内部の人事や事務一切を執り行わせ,加えて,政策立案面や当該政策の実行面では,同じく裁判期間中にも,忠実にトランプを支え抜いた,Stephen Millerを大統領次席補佐官に任じ,その彼に,不法移民対策実施の旗を振らせ,亦,バイデン政権下で浸透していた連邦政府内のDiversity容認に向けたイニシアティを解体させ,更に,世界保健機構WHOからの米国の脱退等の手続きを取らせる等など,数多くの,初期の政策の舵取り役を一任した。

2)米国一の解雇・首切り王としての顔

 連邦政府の大幅縮小。これには当初,イーロン・マスクが率いる政府効率化省を以て当たらせたがマスクとの関係がこじれると,各省庁の長官を以て事に当たらせた。トランプ就任直後の解雇旋風のすさまじさは,筆舌に尽くしがたいものだった。連邦職員の解雇に際し,先ず対象に挙げたのは,戦後数多く設立された独立機関,例えば雇用機会均等委員会や各省庁の監察総監(IG)等…。彼らは,当該組織でトップ層を形成する,いわば権威と名誉と報酬に守られた,聖域職。その多くが,連邦議会の承認で就任するケースが多いため,そう簡単に首を切れないはずだが,トランプは,強い立場から彼らを解雇,実態的には自発的辞任を求めた。解雇されたのは,事務を担う一般職員も同じで多くが自発的辞任に追いやられている。

 試みに,どのような機関の幹部が辞任要求を突き付けられたか,AP通信の資料から,その幾つかを下記に例示しておこう。

  • 〇雇用機会均等委員会:Burrows委員長,並びにSamuels 委員を解任(形式的には,彼らの方からの自主的辞任:以下同じ)。
  • 〇各省庁の監察総監(IG):17省庁で会計検査責任者を解任。
  • 〇連邦検察官:政治任命の連邦検察官のみならずトランプ大統領関係の訴訟に従事していた実務担当の検事補も解雇。
  • 〇国家安全保障会議(NSC):実務者クラス200名近くを解雇・入れ替え。
  • 〇国務省:新政権側の辞職要求に応じて,多くが離職。
  • 〇対外援助と開発関係:70~80名が辞職。
  • 〇全米労働関係委員会(NLRB):Board Memberの黒人女性Gwynne Wilcox委員長代理(任期は2028年8月まで)を解雇。但し,Wilcox委員は裁判所に解雇無効を提訴。

 それ以外にも退役軍人省,環境保護庁,保健福祉省,消費者金融保護局,農務省,教育省等など。亦,それら以外に,各機関のトップが,トランプの意を呈し,自らの発意で一般職員を解雇している。

3)Make America Great Againの伝道師の顔

 この標語は,第二期トランプ政権の根本命題を表すもの。トランプ教徒はこのスローガンを信じ,それ故,教祖トランプもこの命題から離れられない。今後,課題になりつつある,本格的対中DEALの段階でも,その結果の在り様が,このスローガンと相反するものになってしまうようであれば,それはトランプ大統領にとって,致命的なミスとなる可能性大。この点で注意すべきは,ホワイト・ハウス内のMAGA派と対中強硬派の足並みが揃わなくなりつつあるように思われる点だろう要は,対中強硬派のホワイト・ハウス内での勢力後退だ。こうした指摘は2025年4月頃から英Economistが行っている。その切っ掛けとなったのは,Mike Waltz国家安全保障担当補佐官(当時)の大失態だ。彼は,イエメンのフーシ派への攻撃準備を,政権幹部をメンバーにチャットで情報共有しようとしたが,その中に雑誌The Atlanticの編集長か含まれていたことで作戦が筒抜け状態になった件である。トランプ大統領は,Waltz補佐官を国連大使に転出させるとの名目で更迭(2025年5月1日),当面の国家安全保障担当補佐官職を,ルビオ国務長官に兼任させる処置で,事態を鎮静化させた。

 少し話がそれたが,本筋の問題は,Waltzが去った後のホワイト・ハウス内で国家安全保障の見地から,対中強硬の姿勢を取る人物がルビオ国務長官一人になってしまっていること。ホワイト・ハウスの国家安全保障局(NSC)は,Waltz騒動を機に,またもや,解雇の嵐に見舞われ,陣容はますます弱体化してしまった。弱体化の背景には,トランプ自身のNSC不信が色濃く反映されている。国家安全保障担当補佐官は議会承認人事ではなく,トランプが一存で仕切れるポスト,その気になればいつでも補充出来るはずなのに,9月初旬現在,未だその動きを見せていないのは,結局,NSCは小難しい議論をこね回し,己がやろうとする外交(典型的には対中交渉)の歯止めになりかねないと,トランプ自身が考えている所為ではなかろうか…。

 折しもそんな時,習近平主席とトランプ大統領の電話会談が行われたのだが,その場に,対中強硬派で,役職上は陪席していても当然の,ルビオ国務長官兼安全保障担当大統領補佐官が出ていない。事実,直近,対中DEAL絡みの話になると,財務長官や商務長官が前面に出て来るケースが多くなり,ルビオ国務長官等,China Hawksの出番が減っている,そんな傾向を,前述の英Economistは推測して,対中強硬派後退の根拠にしているのだろう…。

 それ故,MAGA派の期待どおり対中強硬派の縮小が進むと,トランプは知らないうちに墓穴を掘ることにもなりかねない。何しろ,対中強硬は,第一期政権前の選挙戦以来,トランプの十八番の主張であり,“忘れ去られた人々”を結束させてきた魔法の言葉でもある。そして,米国の底辺層にずり落ちそうになっている人々も,現実感なき,理屈抜きの,トランプの対中強硬姿勢に熱狂的支持を与えているのだから…。

 尤も,此処に来て,China Hawksへの解釈が少し変わり始めている。トランプ自身を伝統的な対中強硬派ではないとする見方が出てきているからだ。典型例は,「トランプは,世界の中で米国,中国,ロシアの3大国が世界秩序を担う構図を描き始めた」との分析等だろう(NYT, Trump’s Vision: One World, Three Powers?;2025年5月26日)。米国を,未来にいざなう伝道師としては,それも当然だと,トランプは言うだろうが…。

4)攻め手の大将”の顔

 この,攻撃の鬼のような司令官の顔は,既に,世界を相手とした関税戦争で実証済み。それ故,多くを語る必要もあるまい。「米国経済が苦境に陥っているのも,この間,産業政策とやらで,自国の国内需要以上に生産能力を増やし続けた対米輸出黒字国,そして,そうした黒字国の存在をいつまでも容認し続けた,これまでの米国の政権が悪い」。だから,トランプ曰く,“Trade is Bad, Tariff is Beautiful”なのだ…。

5)サド的プロレスラーの顔

 “Negotiation through strength”のスローガンは,米国外交分野では,常に言い伝えられていた伝統的なものだろう。但し,これまでは,この姿勢は軍事面での交渉姿勢に限られていた。経済面では,そんな標語を必要としない程,米国経済は強かった…。1980年代から90年代についての,日米通商摩擦は,米国経済が戦後初めて,他国(日本)に追い詰められた,そんな意味では,経済的ゆとりをなくした時の経験。

 そんな米国のトランプが,この標語を経済外交に全面的に使い始めたのは,裏を返せば,それだけ米国経済(製造業)の対外競争力が落ちたからに他ならない。だからこその,遅まきの“Manufacturing Renaissance”(トランプの製造業復権の公約)なのだ。

6)芸人の顔

 この項についは,トランプ自伝の「自分を宣伝する」の項の中から,何か所かを転載しておけば足りるはずだ。例えば,「…どんな素晴らしい商品を作っても,世間に知られなければ価値はないに等しい」,「必要なのは,人々の興味を引き,関心を集めることだ」,「宣伝の最後の仕上げは“はったり”だ。人は自分では大きく考えないかもしれないが,大きく考える人を見ると興奮する。だからある程度の誇張は望ましい。私はこれを,真実の誇張と呼ぶ」等など…。誇大広告をしても何ら恥じない,芸人としての顔が,そこに垣間見えるのではなかろうか…。

7)確信的ギャンブラーの顔

 再び,この項でも,彼の伝記からの抜粋から始めたい。曰く,「取引を上手く行う能力は,生まれついてのものだと思う…多少の知力は要するが,一大事なのは勘だ…勘がなければ,成功は覚束ない…」。だが,勘とは何か…。

 “勘”を研究した,戦前の学者・黒田亮教授によると,勘とは,「禅の悟りや剣法の極意,芸能における名人芸等に観られる,“いわく言い難い”何か」で,意識の要請と下意識(無意識)の双方からの働きで,その場,その局面で,知らず知らずのうちに,我が身に生じるものだという。あたかもそれは,剣豪の身体が敵の刃の下で,自然に動くように…。或いは,禅の習得者が,いつの間にか心身脱落しているように…。

 実は,こう書いても,書いている筆者自身が余りわかっていないのだが,唯一つ分かっているのは,「或る重大な局面で,自分が動くことによって,流れが変わることがある」という事実だろう。行政を担う当局者が,左を見るか,右を見るかで,次の一手が変わってくる。謂わば,そんな事例の一つや二つ,誰でも体験しているはずだろう…。

 徳富蘇峰の「近世日本国民史」,その幕末編の中に,次のような一文があった。曰く「事を成すは人にあり。人を動かすは勢いにあり。而して,勢いを作り出すのも亦,人なり」。筆者の勝手な思い込みだが,トランプは眞に,この言葉を体得していると自負しているのではないか…。事態が右の方に動くか,或いは左の方に動くか,その瞬間,もし左の方に事態を勧めたいとの想いを持つ,当の本人が,だから左を向くとしたら…。

 こうした考えを伸延させれば,例えば,世界が相互関税にひれ伏している今こそ,金利を下げる絶好のチャンス,このチャンスを逃すと,物価が上がり,それから行動を起こしても既に遅い。金融のプロたちは,何故そんなこともわからないのか,と…。トランプのFRBパウエル議長への不信感は,眞に,こんな感情から発しているに違いない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3985.html)

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