世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3960
世界経済評論IMPACT No.3960

トランプ或いはトランプ的なものを理解するために

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2025.08.25

 第二次トランプ政権が誕生して,8か月。この間,トランプは,米国内はもとより,世界の既存ルールをかき回し続けた。

 不法移民の本国強制送還,或いは,監獄への収監。ハーバード大学などへの政府補助の停止。外国人留学生への発給ビザ取り消し。政策への抗議デモへの,州兵,米軍を動員しての抑圧。加えて,連邦議会での社会保障関連予算の大幅削減や減税措置の恒久化。各種のグリーン・イニシアティブの撤回もしくは縮小。グリーンランド,パナマ運河に対する時代錯誤的な主張の展開。ウクライナやガザなど,被害にあっている当事者を抜きにしての和平交渉指向。そして極めつけは,大統領権限を乱用し,全世界の国々を相手とする相互関税や懲罰関税賦課,企業(米国企業,或いは外国企業)を直接相手とするDeal,或いは,新聞社相手の訴訟や,直近伝わるところでは,FRBを相手とした訴訟意思の表明等など。何故,トランプはこうした一連の騒動を引き起こしているのか…。

 筆者は,以下の7つの視点に沿って,この疑問を大まかに整理してみた。

  • ① 選挙公約の生真面目な実践(トランプの性格)
  • ② 勘に基づく行動,理屈は後からついてくる(民衆=大海のイワシの群れ?)
  • ③ 建国の父たちは嘆いている(グローバル金融経済時代,有権者の利害意識も変質)
  • ④ 齢240年強の米国の政治体制(嘗ては有効だったシステムも,今では非効率化の弊害の方が圧倒的に大きくなっている)
  • ⑤ 米国社会の基底に堆積する,Anti-Intellectualism(“知識への尊厳”の喪失)
  • ⑥ 国際政治分野での後退り(或いは,新しい国際秩序の幕開け)現象…?
  • ⑦ トランプは,米国のシーザーになるか,或いはドン・キホーテで終わるか?

 先ず①について…。トランプは2期目の再選に際し,数多くの公約を口にした。そして当選後,自ら発した公約を,或る意味,生真面目に実行しようとしている。

 第一期トランプ政権の暴露本“”Fire and Fury“(炎と怒り)によると,「トランプは自分が知りたいと思ったことを熱心に追及する。つまり,自分の興味あるテーマを語り,次に,その興味分野を他人に語らせる,彼らにも自分の関心分野を共有させる…」とある。そうしたやり方こそが,いわば教祖が信徒を獲得する手法なのだ。

 彼の公約は有権者の心の中に浸透させたモノ。つまり,トランプは自分の心情を,有権者たちが共有するように仕向けた。だから,何度も主張を繰り返すうちに,いつの間にトランプ自身も,その打ち出した概念の強い虜になる。好例はManufacturing Renaissanceだ。これもトランプ流儀の雰囲気醸成の中から生まれた概念の一つ。そして,この独創アイデアも,しゃべり続けている内に,“重厚長大型産業労働者という,有力な票田を掘り起こす,実効手段であることを発見する。そうなると,彼はもう,このスローガンを手放せない。

 ②について…。トランプは常々,「自分は専門家を信用しない」,「自分が拠り所にするのは,勘だ」と口にする。勿論,全ての案件で,勘が当たることはない。しかし,勘が当たった案件は,それをとことん深堀して行く。そうした態度がトランプ的であり,勘が当たったとなると,トランプは,今度はそれをメディアやツイッターを使って,積極的に誇大宣伝する。「知ってもらってなんぼ…」という損得計算が,そうした自己宣伝姿勢の根底に色濃く漂う。

 一方,時の政権が,そうした製造業復権,そのための貿易収支面での対米黒字国向け関税賦課を唱え,有権者が総じて,そうした指導者の主張に共感を持っているとわかってくるとその主張に正当性を付与してくれる理論家が出現する。そんな専門家は,トランプ親分一家の身内に位置付けられるだろうが,当のトランプ自身は,そんな身内をおべっか使いと見做して,信を置かない。彼らは,トランプにとっては,所詮,大勢翼賛的な専門家なのだ。そうした態度の底には,自分以外の,“他人に対する拭え切れない不信感“が横たわっている。

 例えば,そんな,トランプ政策擁護の新説は,下記のように説く。

 「後進諸国の経済発展を促した挙句,それら諸国が採用した産業政策により,当該国の過剰生産能力が産み出す輸出品を,米国が一手に引き受ける羽目に陥り,今のような世界最大の貿易赤字国化してしまった。こうした状況から抜け出すにはどうすればよいか…」それは「Make America Great Againを標榜し,関税賦課の圧力を使って対米輸出を抑制し,更に彼らに米国(内)製造業に投資させ,以て,米国製造業を復権させればよい」と。つまり,トランプの「“Trade is bad, Custom Tariff is beautiful”という言葉は,上記のような概念を基調とするメカニズム創成の提唱なのだ」と…。

 ③並びに④について…。米国が英国から独立する際の憲法制定過程で,建国の父たちが,新生国家の統治システム作りにどれほどきめ細かい造作を施し,国としての統治能力を阻害せず,されど民意を退けず,且つ,独立13州の利害を相互調整できるユニークな制度を案出したか。その統治システムには,立法・行政・司法の三権分立の考え方が歴史上はじめて取り入れられ,しかも,それぞれの選出基盤を意図的に違えるように仕組み,それらが相互牽制できる制度や,或いは,選挙にしても,一回の勝利だけでは統治機構の全てを掌握できない,チェック機能を案出している(詳細は拙書『20のテーマで読み解くアメリカの歴史』,ミネルヴァ書房;憲法制定過程での革命,を参照のこと)。

 だが,そうした建国の父たちの細工は,第二次トランプ政権によって造作もなく踏みにじられている(少なくとも現在までを見れば…)。三権の間を相互牽制すべく,憲法解釈の分野で強大な権限を授与されているはずの連邦最高裁は,民主党・共和党の党派的発想で送り込まれた,必ずしも質の良くない判事たちを構成員とする,トランプ迎合機関になり下がっている。

 国際貿易裁判所は5月28日,1977年国際緊急経済権限法に基づくトランプ関税は,いずれも違法との判断を下した。これに対し,トランプ政権は即刻上級審に抗告,当該の控訴審は5月29日,国際貿易裁判所の判示の効力を一時停止させるとともに,当事者に対し,6月9日までに意見書の提出を命じていた。そして6月10日,控訴審は“訴訟進行中の衡平を確保するため”,トランプ政権の追加関税賦課の決定の効力は,その継続を認める旨,仮判断を下した。この控訴審の仮判示が出た時点では,相互関税の発動は8月1日と予定されていた。つまり,「7月30日から拡大法廷での本格審議を始める」というが,その審議が始まるときには,予定される関税賦課措置は2日後には発動されてしまう。つまりは,関税賦課発効を既成事実化することを意味するもので,こうした判示過程を採ること自体がトランプを承認する暗黙の意志の表れではなかと筆者には思えてしまう。

 話題を再び,建国の父たちの熟考に戻すと,議会を上・下院で,選出基盤を違えるように仕分け相互牽制させ,政治が極端に走らないよう目論まれた仕組みも,現代米国の社会分断化の中では,議会の行政府へのチェック機能など発揮しようがない。こんな状況を,建国の父たちが観たら,大きくため息をついて嘆くに違いない。

 米国憲法が想定する,三権の間,或いは,立法府の中での異なった利害層間での,相互牽制のシステムは,政治メカニズムの中に,意図的に非効率性を埋め込むよう設計された代物でもある。そうした制度の最大の眼目は権力の乱用の防止。だが,経済が発達し,且つ,実物経済よりも金融経済の重要性が増し,加えて,実物・金融の両面で,経済のグローバル化がここまで進み,更に,昨今の通信技術が往時よりも何百倍も肥大してしまうと,社会や経済を律するメカニズムの根本原則も一変されてしまう。要は,Check and Balanceなどと言わず,effective and quickこそが重要 で“迅速,かつ速やかに“が,社会にとって至高の価値となってくるのだ。

 一国の指導者が,統治機構内部の精査を受けず,自由闊達にソーシャルメディアで己の意思を発表し,その旗下にある行政機構が,一般市民と同時にそれを見ることで政策の方向性を知る。かくして,行政機構内部の指導者へのチェック機能は全く失われてしまう。要は,全てをトランプが決め得るのだ。ただでさえ,技術の進歩や社会価値の変化で,Check and Balanceが機能しなくなっている今,米国の民主主義は大きく変質したといってよい。

 ⑤について…。この現象を論じる場合,忘れてはならないのがRichard Hofstadterの“Anti-Intellectualism in American Life”という本。この本の発刊(1964年)以後,米国の,intellectualismの典型的化体者ともいうべき,リベラル・メディアが好んでこの言葉を使用するようになった。しかし,その後,世の中の先導的価値観は“リベラル全盛から保守勃興へ”と様変わりする。米国社会の分断が無視しえない状況になると,抑圧された側を中心に,むしろ文字通りに,Anti-Intellectualな態度が当然視されるようになり,それがRadicalismの姿勢と結合,「ラディカルな考え方こそ,抑圧された社会の大勢であり,誰にも恥じる必要なし」との生活者の居直り姿勢につながったともいえる。2020年大統領選挙でトランプが負けたのを「選挙が奪われた」と称して,米国議会に乱入したトランプ支持者たちこそ,そうした居直り層の典型とも言うべきだろう。

 今の米国では,こうしたAnti-Intellectualな思考が,ポピュリズムの仮面をつけて,世情を闊歩している。要するに,格差社会が常態化し,抑圧されていると自ら感じる層が増えて来ると,Anti-intellectualismも亦,拡散するというわけだ。おおざっぱに言い換えると,それは,知識や理念よりは,生活者の感情が優先される社会ムードが拡がっているということでもある。

 ⑥について…。トランプは,国際政治の世界で何をどう変えたのか,或いは,変革指向がありながら,今のところ何を変え得ていないのか…。例えば,ウクライナ戦争停戦に向け,プーチン大統領とアラスカで会談するというトランプの目論見。このニュースで想起するのは,第二次世界大戦前夜のミュンヘン会議だ。同会議の直前,オーストリアを併合し,第一次大戦後のベルサイユ体制に挑戦するナチス・ドイツに,英国のチェンバレン首相は融和政策で臨み,第二次大戦の遠因とも言われるチェコスロバキアのドイツ系住民の多く住むズデーテン地方のドイツへの割譲を容認した。

 あれから90年近くたった現在,ウクライナ停戦を目指すというトランプの対ロ融和姿勢は,チェンバレンの失敗の轍を踏まないと言い切れるのか…。ミュンヘン会議を歴史の教訓として熟知する英仏が,米ロ首脳会議の直前に警告にも近いチェックを米国に入れたのは,或る意味,当然といえば当然だった。米国ホワイトハウスも,首脳会議に過大な期待を持たせない雰囲気づくり志向した。政権内の“専門家”が,進行中の武力紛争への仲介が容易でないことを知っているからに他ならない。そうした内外のチェックが,入ることに,筆者は辛うじて,幾ばくかの安堵を感じる。会議は案の定,不動産屋の値切り交渉と国際外交の違いの本質をトランプがまだ理解していないことを見せつけられた結果となった。外交交渉はもっとseriousなビジネスなのだ。

 トランプは,和平介入するのが好きなようで,「和平の押しかけ調停人」の如き存在だ。そして,不動産業者が物件紹介手数料を取るが如く,自らの和平努力にコミッションを要求するのだ。ウクライナから,これまで既に,希少金属採掘並びに処分の権益を得たような例である…。8月8日には,30年以上にわたって対立してきた,アゼルバイジャンとアルメニアの指導者をワシントンに呼び,和平に向けた共同宣言に署名させ,併せて,そうした過程で,米国が鉄道施設の権利や天然ガスの開発権などを得る,そんな見返りもちゃっかりと取り付けている。実際には,両国の和平交渉は既に進展していたと伝えられ,それにトランプが後から介入したのが実相のようだ。タイとカンボジアの武力衝突も,トランプは関税賦課を圧力に使い,停戦交渉を持ち掛け,その過程でこれ亦ちゃっかりと米国製品への市場開放を勝ち取っている。その他,報道などを参照する限り,コンゴとルワンダの紛争にも介入し,その過程で両国内での希少資源開発権益を勝ち取った由。

 こうしたトランプの活躍を称賛したイスラエルのネタニヤフ首相が,トランプをノーベル平和賞候補に推薦したというから,世の中にはトランプを凌ぐ役者が山ほどいるということだろう。深読みすれば,プーチンも,そんなトランプのノーベル平和賞熱を熟知しており,その受賞の実績づくりに協力しながら,ウクライナでの実益獲得を狙っているのかもしれない…。

 全く違う次元から,もう一点加えておけば,トランプが打ち出しているAmerica Firstがそもそも問題の種。それは,既存国際秩序の否定し強国米国の再現を目指すもので,これ亦,中国の,習近平主席の“偉大な中国夢”と,融合する可能性が出て来るのではないか…。筆者の,“大国間での関係秩序の再改築”こそが,トランプの究極の目的なのではないのか,と勘繰る所以である。

 そう考えると,トランプの対中交渉では,交渉の範囲は,単に関税,延いては経済だけではなく,ひょっとして安全保障面にも踏み込むのではないか,という米国の一部専門家の観測が改めて気になる。万が一,その可能性の兆候が現れたら…。米ロ首脳会談には不十分ながらも事前に欧州諸国からのチェックが入った。だが,台湾に関してはどうか。直近のメディア報道では,台湾の頼総統が,これまでの伝統通りに,外遊の途中に米国に一時立ち寄る計画を立てていたところ,トランプ政権は,立ち寄りを拒否したという。来るべき対中交渉の機運に水を差したくなかったのだろうが,この辺のやり取り,どこか微妙な暗示を含んでいるようで,筆者としては,少し注視しておく必要を感じてしまう。上述のように,ユーラシアの西の,ウクライナ問題では欧州諸国が米国の行動に曲がりながらもチェックを入れたが,ユーラシアの東の,台湾に関して,トランプの対中譲歩の動きにチェックを入れられる国があるのだろうか。

 最後に⑦について…。トランプはシーザーかドン・キホーテか…。ここでは米国初代大統領ジョージ・ワシントンに纏わる記述を,前述の拙著『20のテーマで読み解く米国の歴史』から引用してみよう。“1789年4月30日,新憲法の下,ジョージ・ワシントンが米国の初代大統領に就任した。植民地時代にはバージニア議会議員をつとめ,対フランス並びにインディアン戦争の際には,植民地軍を率いた軍人,大陸会議の議員もつとめ,独立戦争では米軍総司令官,更に憲法制定会議では議長と,建国前後のほとんどの出来事に関与した文字通りアメリカ革命の中心人物だ“。その彼に,有名な逸話が残っている…。大統領就任直前,独立戦争を共に戦った盟友ヘンリー・ノックス将軍に,その心境を,「まるで,刑場に送られる罪人のような気がする」と書簡にしたため送った…。前途多難な新生米国をどう導いて行けばよいのか,下手をすれば,革命で得た民主制が一気に旧大陸型の君主制に戻りかねない。しかし自分には弁舌の才も,将来を予見する知恵も,新生アメリカの統治を遂行する十分な能力もない…。そんな自分が,どうすれば,新生アメリカの大統領を担って行けるか…。彼の,そうした不安と懸念を裏付ける事例として,ここでは大統領の呼称を挙げておこう…。周知のように,米国の大統領は唯“Mr. President”と呼ばれるのみ。旧大陸の君主のように,“殿下”とも,“陛下”とも,“閣下”等と呼ばれはしない。そして,この“Mr. President ”という呼び方に,最も強く拘ったのがワシントンだった。米国の歴史学者ビアードは,そうした米国初代大統領ワシントンの存在を「国内に急進と保守の対立が顕在化しつつあった中,絶妙の調整で国内を纏め,革命世代の指導者の手で,建国の礎が設定されていった。そして,その国造りの中心に,ワシントンがいたのは合衆国にとって実にラッキーなことだった」と称賛を惜しまない。翻ってトランプはどうか。

 現時点のトランプが,根拠不明確な各種の大統領令を乱発し,本稿の冒頭に記したような,各種の専制的行動をとっていることは間違いがない。彼の権限行使が憲法違反だとして,民主党知事が率いる各州政府が,そして民主党全国委員会,更には関税がらみでは民間企業が,それぞれにトランプを告訴しているが,肝心の裁判所が,下級審は兎も角,上級審に行けば行くほど,大統領の行動に制約をかける判示を渋る傾向が顕著。この状況を見る限り,トランプ専制は,今のところ祖語なく実行されているように見える。「政治指導者は歴史の法廷で裁かれる」といったのは,日本の中曽根総理だったが,米国の大統領も,「歴史的評価は,棺桶の蓋が閉まった後に,定着する」との鉄則からすれば,トランプはシーザーになった,との予断はまだまだ早すぎる…。交渉上手を自任してはいたが,結局,ドン・キホーテだったというのも,現状では「未だあり得る」可能性なのだから…。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3960.html)

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