世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3615
世界経済評論IMPACT No.3615

トランプ2.0に身構える中国

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2024.11.11

 11月5日に投開票された米大統領選挙で,共和党のトランプ前大統領が民主党のハリス副大統領を破り,勝利した。この選挙結果を果たして中国はどのように受け止めているのか。「トランプ2.0」=2期目のトランプ政権で生じるリスクに,中国はどう対処するつもりか。身構える中国に焦点を当ててみた。

勝敗のカギを握る激戦7州はトランプが制す

 選挙人過半数の270票を獲得するためには,各党の伝統的地盤である州の票(ハリス226票,トランプ219票)に,「スイングステート」と呼ばれる激戦7州の票(93票)をいかに積み重ねるかがカギといわれた。

 とくに注目されたのが,かつて製造業が盛んだった「ラストベルト(さびた工業地帯)」と呼ばれるペンシルベニア,ミシガン,ウィスコンシンの3州。終盤戦,労働者票の激しい争奪戦が繰り広げられた。選挙の結果は,トランプが激戦7州ですべてハリスの得票率を上回り,勝利した。

選挙結果に関わらず,米国の対中強硬路線は続く

 米国の対中デカップリング(分断)はトランプ前政権において始まったが,バイデン政権も対中関税を継続,その後,半導体輸出規制の強化,対中投資規制などを追加した。

 超党派の対中強硬論を背景に,どちらの候補が勝っても米国の対中強硬策は続くと見られていた。民主党も共和党も,米国の覇権を脅かす中国を警戒,その影響力拡大を阻止したいという点で一致しているからだ。

 ただし,ハリスとトランプの中国に対する具体的なアプローチの仕方や政策運営には大きな違いがある。バイデン政権の対中政策を踏襲するハリスなら,多国間主義を重視し,対中包囲網に向けて連携強化を図っただろう。これに対して,同盟軽視のトランプは単独主義に基づき,中国との二国間交渉でなりふり構わずディール(取引)を展開すると見られている。

トランプ勝利で「関税男(Tariff Man)」の復活

 選挙戦でトランプは,①中国からの輸入に対する一律60%の関税賦課,②中国に対する最恵国待遇(MFN)の撤回,③4年間で中国から輸入する電子機器,鉄鋼,医薬品などすべての必需品を段階的に削減,などを公約としていた。米国の対中関税を回避するため第三国(メキシコ,ベトナムなど)に生産拠点を移転させる企業の「迂回行為」に対しても,対抗措置をとる方針だ。

 また,中国だけでなく,④すべての国からの輸入に対する一律10~20%の関税賦課や,⑤米国に高関税を課す国々に対抗策として関税引き上げを行う「互恵貿易法」の創設なども公約に掲げていた。

 これに嚙みついたのがイエレン米財務長官だ。今年10月,トランプの関税一律引き上げ策を「米国の物価上昇につながるだけでなく,米国の孤立を招くもので,完全に誤った考えだ」と痛烈に批判した。

中国の本音:どっちの勝利を望んでいたか?

 中国政府は表向き,一貫して「米大統領選挙については内政問題なので,コメントしない」という姿勢だった。ハリスとトランプのどちらが勝っても対中政策は厳しく,米中対立は続くだろうと覚悟していたからだ。

 今年11月にペルーでアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議,ブラジルで20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が開催されるが,米中両政府はこれに合わせて米中首脳会談を行う方向だ(8月末にサリバン大統領補佐官が訪中)。

 中国が,習近平と「レームダック(死に体)」に陥るバイデンとの首脳会談を敢えて模索したのは,対話を通じて意思疎通を図り,景気減速が鮮明になってきた中国経済の足を引っ張るような米中関係の極端な悪化を避けたいとの思惑からだった。裏を返せば,本音ではバイデン政権の対中政策を引き継ぐハリスの勝利を期待していたのではないか。

 ハリトラ対決,中国から見れば「どっちもどっち」だった。トランプの政策は「予測不能性」が付きまとう。公約通り,中国製品に一律60%の関税がかけられると,中国のGDPは1%以上押し下げられ,成長率5%前後の目標達成は絶望的だ。中国がトランプの脅しとディールに翻弄される可能性もある。

 一方,ハリスの対中強硬策はバイデン政権の政策を踏襲するので,「予測可能」。中国にとっては,外交経験の少ないハリスの方が手玉に取りやすく,トランプよりはマシと思ったかもしれない。

トランプ関税で米中貿易戦争が再燃か

 トランプの返り咲きによって,中国経済にどのような影響が及ぶか。トランプによる中国製品への一律60%の追加関税は,中国経済にとって強烈な逆風となるのは間違いない。

 トランプによる追加関税が実際に発動されれば,トランプ前政権の時のような米中貿易戦争が再燃するだろう。

 バイデン政権は今年5月,通商法301条に基づく対中追加関税引き上げの方針を発表,9月に第1弾として電気自動車(EV)が100%,鉄鋼・アルミなどが25%に引き上げてられている。トランプ2.0の下でさらに拡大する可能性が高い。

 殴られたら殴り返すのが中国だ。我慢は決してしない。中国は,対米報復関税を必ず発動させるだろう。際限のない報復合戦に陥り,チキンレースの様相を呈するかもしれない。しかし,それは深刻な経済停滞に陥っている中国にとって「泣きっ面に蜂」だ。

 トランプ2.0をきっかけに,中国は内需重視への転換に本腰を入れるのではないか。実際,中国製品に対する関税が大幅に引き上げられ,貿易環境が厳しくなれば,中国政府は内需拡大を図るため,金融緩和に加えて財政支援を強化せざるを得なくなるだろう。

 中国の過剰生産を問題視している国際通貨基金(IMF)はすでに,中国が貿易への過度な依存から脱却し,内需の拡大を進めるよう勧告している。

「背に腹は代えられない」,中国人民元安の容認

 トランプが一律60%の追加関税を課した場合,背に腹は代えられなくなった中国が影響を緩和するために人民元安を容認するかもしれない。中国にとって,最も手っ取り早い政策調整は人民元安の誘導だ。

 中国経済の低迷が影響して,人民元は昨年初め以降,1ドル=7元よりも元安水準で推移。さらに,米大統領選挙で対中関税の大幅引き上げを表明したトランプの勝利によって,人民元への下げ圧力は一段と強まっている。

 トランプが返り咲き,公約通り一律60%の追加関税をかければ,中国にとっては最悪の事態となる。だからこそ,中国は前倒しで金融緩和に乗り出し,財政支援にも言及している。追加関税が中国経済に与える打撃を緩和する手段(=人民元安)を,喉から手が出るほど欲しいというのが中国の今の心境だろう。

台湾が「捨て石」にされる?

 中国の習近平は2027年までに台湾侵攻の準備を終えるよう軍に指示したとされる。トランプの任期中に中国が台湾を侵攻するという「台湾有事」の可能性が現実味を帯びてきた。

 中国の人民解放軍は10月,台湾を包囲する大規模な軍事演習を実施した。トランプはブルームバーグのインタビューで,自分が再選すれば中国は台湾への大規模な威嚇行為を控えるとの認識を示した。しかし,中国が台湾に侵攻した場合に米軍を派遣し台湾を防衛するかとの問いには,明確な回答を避けた。

 中国はこれに付け込んで,米国第一主義を掲げるトランプが勝てば台湾を見捨てる可能性がある,との懸念を盛んにあおった。

 トランプは選挙戦で,中国が台湾に侵攻すれば,「150~200%の対中追加関税を課す」とか,対中抑止強化のために台湾の負担増を求め,「台湾が防衛費を払うべきだ」と,主張していた。

 果たしてトランプは台湾を本気で守ろうとしているのか。誰もが抱いている懸念と不安だ。トランプが追求するのは米国第一主義であり,台湾が「捨て石」にされる可能性もあるかもしれない。

米国のIPEF離脱は「愚の骨頂」

 トランプの返り咲きが中国を喜ばせるとすれば,それは米国のIPEF(インド太平洋経済枠組み)からの離脱だろう。トランプによるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱によって生じた空白を埋めるために,米国が2022年5月にバイデン政権が鳴り物入りで立ち上げたのがIPEFだった。現在,日本,米国,豪州インド,韓国,ASEANなど14カ国が参加している。

 米国が離脱すれば,IPEFは漂流の危機に陥ってしまう。インド太平洋における対中包囲網の構築を狙った米国の戦略は頓挫し,米国の求心力低下に拍車がかかるだろう。

 台湾有事の懸念が高まる中,IPEFの存在意義が再認識されている。経済利益と安全保障のバランスをどう取るか。デリスキング(リスク低減)のために「対中依存からの脱却」への取り組みが,今やIPEF参加国にとって喫緊の重要課題となっている。

 IPEFは今年2月,サプライチェーン協定を発効し,そのサプライチェーン危機対応メカニズムにより,安定的な重要物資の調達も可能となった。IPEFの重要性を考えれば,トランプによる米国のIPEF離脱は「愚の骨頂」と言えよう。

 「トランプ2.0」と呼ばれるトランプ劇場の第2幕が終わる4年後を睨みながら,TPP同様,インド太平洋の経済秩序維持のため,IPEFにおいても日本は米国に代わってリーダーシップをしっかりと発揮すべきではないか。

 そうでないと,中国のTPP加盟申請のように,米国が居なくなったIPEFに付け入る隙を中国に与えてしまうかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3615.html)

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