世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3295
世界経済評論IMPACT No.3295

米中による「競争の管理」への懸念

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2024.02.12

 過度な米中対立を回避する「競争の管理」は所詮,幻想か。米中対立が激しさを増す中,2023年11月,米国のバイデン大統領と中国の習近平国家主席の首脳会談がサンフランシスコ近郊で行われた。経済分野での具体的な進展はなかったが,米中対話の継続で一致したことから,米中間の競争をうまく管理できるかが今後の焦点となる。

ハイテク分野における米国の対中規制強化

 バイデン政権は2022年10月,人工知能(AI)やスパコンに使われる先端半導体やその製造装置,設計ソフトの対中輸出規制を実施,半導体製造装置でトップレベルの日本とオランダにも同調するよう求めた。中国による軍事転用を防ぎ,安全保障への脅威を取り除くのが狙いだ。

 だが,その後,米半導体大手エヌビディアが規制に抵触しない仕様に変更した先端半導体を中国に輸出し続けていることや,ファーウェイ(華為技術)が23年8月に発表した新型スマホに規制対象の先端半導体が使われていることがわかり,バイデン政権に衝撃が走った。

 このため,規制の「抜け穴」を塞ぐことが急務となり,バイデン政権は23年10月,導入されてからまだ1年しか経たない先端半導体の対中輸出規制の更なる強化に踏み切った。規制基準を下回る「グレーゾーン製品」も政府への届出が必要となり,また,第三国を経由する規制回避の迂回行為に対処するため,規制対象に中国企業の海外子会社とロシアやイランなど21カ国が追加された。

 さらに,輸出規制にとどまらず,投資規制に向けた動きも活発となっている。中国が進める国産化戦略がその誘因だ。中国は22年7月,ハイテク分野の事業をする外国企業に設計や開発,生産のすべてを中国国内で行うよう求める方針を明らかにした。言うまでもなく外国企業のもつ先端技術が狙いだ。

 これを受けて,米上院が23年7月,半導体やAIなど特定分野の対中投資について事前報告を義務付ける「対外投資透明性法案」を2024会計年度国防授権法案の一部として可決した。だが,上院と下院の法案一本化にはまだ相当の時間がかかるとみられたため,議会と調整の上,大統領令による投資規制を先行して実施することになった。

 こうして23年8月,バイデン政権は対中投資規制に関する大統領令を発表した。米国の企業や投資家への影響を抑えるため,安全保障上のリスクが高い半導体,量子技術,AIの3分野に絞り,中国への新規投資(グリーンフィールド投資)のほか,中国企業との合弁事業,M&A(合併・買収),VC(ベンチャーキャピタル)投資といった資金の流れを規制する方針だ。具体的な規制案はパブリックコメント(意見公募)を経てまとめるため,対中投資規制が発効するのは,2024年以降となる。

中国の報復で俄かに高まる重要鉱物リスク

 殴られたら殴り返すのが中国だ。米国の対中規制強化に対して,中国も国家の安全と利益を守るため,中国版「輸出管理法」に基づき報復措置を講じている。

 中国は2023年7月,半導体の希少材料であるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を8月から実施すると発表,中国当局の許可を得なければ中国から輸出できなくなった。また,23年10月には,グラファイト(黒鉛)の輸出規制を12月から実施すると発表した。黒鉛は電気自動車(EV)に搭載するリチウムイオン電池の主要材料であり,日米欧の自動車メーカーへの影響が懸念される。いずれも,米国による先端半導体の対中輸出規制強化への報復措置とみられる。

 さらに,中国は23年11月,レアアース(希土類)の輸出管理を強化すると発表,企業にレアアースの種類や輸出先に関する報告を義務付けた。米国の対中投資規制に強く反発した中国の報復措置とみられる。

 とくに注目すべき点は,重要鉱物の生産・加工で圧倒的なシェアを占める中国が,重要鉱物の輸出規制を報復の「武器」にする動きを強めていることだ。重要鉱物は脱炭素化に向けたEVや再エネ関連機器などに多く使用されており,供給が遮断されればその影響は大きい。バイデン政権の対中規制強化に伴い,俄かに「重要鉱物リスク」が高まってきた。半導体に並ぶ米中対立の新たな主役は重要鉱物といえる。

対中規制はデリスキングか,それともデカップリングか

 米中対立は,先端半導体の対中輸出規制から対中投資規制へと拡がっている。米中による規制・報復の応酬が激化すれば,サプライチェーン(供給網)の分断が進み,世界経済への打撃は避けられない。唯々諾々と米国の対中規制に同調する日本も勿論ただでは済まない。規制・報復合戦に歯止めが必要だ。

 サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は2023年4月,対中規制について,米国の安全保障上の脅威を取り除くため軍事転用の恐れがある先端技術に対象を限定した「狭い範囲での厳しい規制(small yard and high fence)」であり,米中のデカップリング(分断)ではなくデリスキング(リスク低減)を目指したものだと強調している。

 だが,これは米国の論理であり,デリスキングが目的でも,結果として限定的なデカップリングが生じることには違いないと,中国には見えるだろう。中国が納得するはずもなく,反発を一段と強めている。

 いずれにしても,規制が広がりすぎないよう歯止めが必要だが,果たして実現可能なのか。バイデン政権は,対中規制を安全保障に係る狭い範囲に止めるが,規制強化は続ける構えだ。レモンド商務長官は23年10月,対中輸出規制の「抜け穴」を完全に遮断するため,「少なくとも年に一度は更新される」と記者団に語っている。更新のたびに規制が広がりはしまいか。

 米中による「競争の管理」が一段と難しくなるなか,今春にも米中首脳による電話会談が行われる見通しだが……。終わりの見えない規制・報復合戦への懸念は高まるばかりだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3295.html)

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