世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「脱中国EV」と米国の保護主義
(杏林大学 名誉教授)
2024.05.06
中国の電気自動車(EV)を締め出そうとする米国の政策は,いかなる深慮遠謀によるものなのか。安全保障を隠れ蓑にして自国の自動車産業を守ろうとする米国の保護主義の動きが一段と強まっており,米中対立の新たな火種になっている。
中国EVがもたらす潜在的リスク
米商務省は今年2月,中国のEVなどインターネットへの接続機能を有した「コネクテッドカー(Connected Car)」の安全保障上の潜在的リスクを調査すると発表した。
レモンド米商務長官は記者会見で,「中国のEVが米国市場に普及し,米国民のプライバシーや安全保障が脅かされる可能性が出てくる前に,米政府は中国のEVに対して必要な措置をとる」と説明した。
中国商務省は3月,「米国はこれまで中国のEVに高関税を課し,米国市場から締め出してきた」と指摘し,「安全保障を口実に,今度は非関税障壁を設けようとしている。これは明らかに保護主義だ」と主張し,必要な場合には権益を守るため強力な対抗措置を講じると述べた。
中国EVの過剰生産と安値攻勢
EVをめぐる米中の軋轢はそれだけにとどまらない。中国の過剰生産を背景に,中国企業が安値による輸出攻勢を強めていることへの警戒が米政府と議会で高まっている。
イエレン米財務長官は今年3月の米議会上院の公聴会で,「中国の過剰生産は世界の価格と生産のパターンを歪め,米国の企業と労働者に打撃を与える」と指摘,過剰生産は中国政府による特定産業への補助金が原因だと断じた。
4月に訪中したイエレン氏は李強首相らと会い,中国のEVなどへの補助金について改めて懸念を示した。中国が有効な対策を取らなければあらゆる選択肢を放棄せず,関税引き上げもあり得ると述べ,過剰生産問題を協議する枠組みの構築で合意した。
中国の補助金に対しては,欧州連合(EU)も対抗措置をとろうとしている。欧州委員会は昨年10月,補助金の恩恵を受けた中国のEVがEUに大量に流入して競争を阻害していないか,相殺関税の導入が必要か,調査を開始した。
これに対して中国側は,中国のEVが補助金によって過剰生産に陥っているとの米欧の指摘は根拠がないと反論,苛立ちを強めている。
実際,EVの過剰生産は補助金だけが原因ではなさそうだ。中国のEV市場では,参入障壁が低くEV企業が乱立している。長引く不動産不況で中国国内の自動車需要が低迷,激しい低価格競争にさらされた中国企業は欧米や東南アジアへの輸出拡大に活路を見出そうとしている。
中国の対米輸出自主規制は夢物語
米政府は現在,中国からの輸入車に25%の制裁関税を課している。米通商代表部(USTR)は中国EVの大量流入を阻止するため関税の引き上げを検討中だ。米議会でも関税率を125%に引き上げる法案や1台あたり2万ドルの追加関税を求める法案が提出されている。
これらの動きは中国に対する牽制球となるのか。手ごわい中国が相手では,かつての日本の対米輸出自主規制のような政治決着は望めない。過剰生産問題の落としどころは見えず,「脱中国EV」の先行きは不透明さを増している。
「脱中国EV」に強まる逆風
バイデン政権は今年3月,23年4月にまとめたEVへの移行を促す環境規制の素案を緩和すると発表した。一つは,32年に二酸化炭素(CO2)を半減する最終目標は最終案でもそのままだが,27~29年のCO2削減ペースを緩め,自動車メーカーに猶予を与えた。もう一つは,32年に乗用車販売の67%をEVにする目標を,最高で56%,最低の場合は32%に下方修正した。
急速なEVシフトを軌道修正したのはなぜか。11月の大統領選を控え,EVシフトの見直しを求める米自動車業界に配慮した格好だが,EV市場を席巻しかねない中国EVへの警戒もある。
米国は22年に,EV購入を支援するための「インフレ抑制法(IRA)」を定めた。対象車は北米での最終組み立てなどを要件とし,中国のEVは対象外だ。車載電池の部材や原料の調達先にも細かな要件があり,EVのサプライチェーン(供給網)から中国企業を排除する狙いがある。
だが,米自動車メーカーにとって中国の切り離しは容易ではない。EV価格が今後も下がると見込まれる中,より安価な原料を使って車載電池のコストを低減できるかが課題だ。だが,電池の多くをまだ中国からの調達に頼っており,対中規制の強化で,急速なEVシフトに米自動車メーカーが対応しきれない事態になっている。
こうした中,中国商務省が今年3月,IRAが公正な競争を歪めているとして,世界貿易機関(WTO)に提訴した。中国のEVがIRAによって締め出されていると主張し,米国はWTOルールを守り,保護主義的な行為を修正すべきだと表明した。
IRAの成立で噴き出した「偽装された保護主義」だとの米国批判がようやく沈静化したと思ったら,今回の中国のWTO提訴によって再び米国の保護主義がクローズアップされることになった。鉄鋼・アルミの追加関税と同様,WTOの紛争処理小委員会(パネル)がIRAをWTO協定違反とする裁定を下すのか。米国の「脱中国EV」に対する逆風が一段と強まりそうだ。
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