世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2347
世界経済評論IMPACT No.2347

新しい資本主義と日本経済の再生

原 勲

(北星学園大学 名誉教授)

2021.11.22

 岸田新政権が誕生したばかりだが,低迷する日本経済を打開する途は極めて厳しい。従って短期政策では無理だが長期政策ではどうだろうと前面に出してきたのか「新しい資本主義」を目指すとの提案である。筆者は数年前から「新しい資本主義」への転換は不可欠であると学会や大学紀要などでも発表してきた。

 いうまでもなく戦後世界経済がアメリカ主導もしくはアメリカ支配の「グローバリゼーション」であったことは誰しもが認めるところであろう。IMF設置で基軸通貨がドル体制となり,同時にGATT体制で世界市場が拡大した。これこそ戦後世界経済のローバリゼーションの起点であったが,筆者はこれを市場資本主義思考で結実したものと理解している。しかしこの市場資本主義は,世界の全ての国家や国民に満足のいく効果を齎してきたとはいえない。通貨危機などで世界市場から退場を迫られ,一時的にせよ解体的打撃を受けた国家,国民が,少数とはいえないほど存在してきた。一国だけでの経済力では,まともに対抗できないヨーロッパ諸国は,超国家EUを形成し,共通通貨ユーロを発行した。英国はその加盟から抜け出したが,EUの基本的狙いは,グローバリゼーションの下で経済力を失った資源国,中小企業,農林水産業等の脆弱性を如何に保護するかが共通政策テーマであり,COP26に見るようにその基本は今も変わらない。世界は,「市場資本主義」の私企業的利益追求に対し,国家的,もしくは超国家的を問わず公的な制約が強く働くようになってきている。

 さて日本は,この市場資本主義経済を基調とする国家であるが,新しい政権リーダー岸田文雄氏の「新しい資本主義」とはどういうものであろうか。筆者はコミュニティを基礎単位として競争や対立ではなく協力や相互支援を基調とする「共同体資本主義」の形成を主張しているが,どうやら接点は今のところ見つかりそうにない。しかし,猛進を続けた市場資本主義の流れが近年急速に遅滞しはじめ,その結果グローバリゼーションの無限の進行にも世界の懸念が大きく広がり始めたことは,注視すべきである。勿論,日本のように長年継続した経済的停滞という異常に対し,どのように対応するかは今最も現実的な経済政策の有り様を巡る問題だが,それと新しい資本主義政策論をどのような統合した関係に結実させるかは問われるべき重大課題である。

 さて本稿ではこのうち経済停滞と経済格差に関するマクロ経済データから得られる政策課題を取り上げる。ひとつはGDP基軸の経済成長に関する事であり,それと連動する分配政策,特に賃金停滞論について述べる。

 まず国際的基準のSNA(System of National Account)に統一された世界で最も信頼されたマクロ経済データである国民経済計算年報フロー編(以下フローデータ)に注目する。フローデータは,結論的に言えば主としてGDPに直接的関係を持つデータである。中でもこのデータからは,経済成長率や分配構造問題は最も重視されるだろう。そこで日本の2005年から今日までの過去15年程度の名目GDPの動向を見ると,経済規模500兆円台半ば,その成長率は実にほぼゼロであったことが解る。主要国(12か国)のGDP年率成長率1.41%との差があまりに大きいのに驚く。このため日本は19年度では世界ランク三位はかろうじて変わらなかったが,その順位は10.1%から5.9%へ下落し,また一人当たりGDPは13位から19位となったことがみえる(本年では22位)。

 この停滞的経済的変化は何故だったかを分析する事は極めて重要であるが,ここではオイルショック後のバブル経済崩壊が,日本経済の成長を失わせた最大要因であることだけを指摘しておく。1990年の後半から経済政策として20兆円〜40兆円規模の大型の国債発行を行い(2000年はコロナ対策のため108.6兆円),今日に至るまで一般会計事業規模の25%程度を継続してきた。主要国もコロナ対策では史上最高の補正予算を作成,均衡財政の見本だったドイツも初めて国債を発行した。しかし,日本政府の国債負債残高は,国家資産の約2倍近い世界では類例のない高さにまで膨らんだ。また主要国はようやくGDP成長率の落ち込んだ分を取り戻すとみられるが,日本の回復は良くて1〜2%の程度の長い低迷が続くと予想されている。

 さて賃金はGDPの構成要素のひとつである雇用者所得であり,GDPの労働分配部分,つまり労働分配率と直接関係する。この構成比はGDPの規模がどのように変化しようともその構成比は変わらないというのがこれまでの経済学の原理である(ただし収穫一定の場合)。雇用者所得70%,資本家所得30%の割合は,世界と同様,日本経済も余程のことがない限り不変であると考えられる。日本のフローデータによると2018年の国民要素費用から産出した雇用者所得は284.7兆円で,労働分配率は70.4%,資本家所得(財産所得,企業所得)は119.5兆円,資本分配率は29.6%となっている。法則はやはり生きている。今この数値にもとづいて労働分配率の引き上げによって「新しい資本主義の理論」論に適応させることは出来ない。つまり日本賃金が長く低く推移したのは,GDPが驚くほど低位で継続してきたからであり,それ以外ではない。それはまた,資本と労働の双方における生産性の低さの反映でもある。このようにGDPと生産,支出,分配は,同時的に均衡して発生するのであり,分配面だけが突出することはないのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2347.html)

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