世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1969
世界経済評論IMPACT No.1969

トランプ大統領はいつ敗北を認めるのか?

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2020.12.07

 トランプ大統領が敗北を認めないのは往生際が悪いとか,米国の民主主義制度がおかしくなったと言う人がいる。しかし,これは米国の大統領選挙制度を十分に理解していない人の言い分である。事態は,筆者が「僅差でトランプ大統領が負けた場合,トランプ大統領が潔く敗北を認めるとは考えられない」(本サイト11月2日付,No.1935)と書いたとおりになっているだけである。では,トランプ大統領はいつ敗北を認めるのか。その答えは,早ければ来年の1月6日,場合によっては1月20日正午より前までとなろう。

「不正選挙」の主張はほぼすべて否定された

 トランプ大統領は敗北を認めていないが,連邦政府の独立行政機関のひとつである一般調達局(GSA, General Services Administration)は11月23日(月),バイデン次期大統領に政権移行を容認した。トランプ大統領はGSAに指示したというが,GSAは独自の判断だという。いずれにせよ勝敗の判断とは別に,1963年大統領政権移行法に従ってバイデン陣営はその作業を開始した。11月3日から20日が経過していた。当然と言えばそれまでだが,トランプ政権の「英断」は歓迎すべきものである。では,いつトランプ大統領は敗北を認めるのか。大統領は11月26日,選挙後はじめて記者の質問に答えて次のように述べている。

 「選挙人がバイデンを正式に選んだら,私は去る(“I will leave if electors formalize Biden.”)。不正な選挙が行われたため,敗北を認めることが非常に難しい」。この発言から,敗北を認め,大統領の職を辞す条件は,①不正な選挙であることが認められること,②大統領選挙人がバイデンを正式に次期大統領として選出すること,の2つであることがわかる。

 まず①をみてみよう。トランプ陣営および共和党は,バイデンの当確をAP通信が7日に発表してから30分も経たないうちに各州の裁判所に対して訴訟を起こした。その件数は,「少なくとも46件」で,「少なくとも28件が却下ないし棄却された」(ABC News,12月3日時点)。訴訟は,僅差で敗北したアリゾナ,ジョージア,ミシガン,ネバダ,ペンシルバニア,ウィスコンシンの接戦6州に対して,ジュリアーニ弁護団長が「勝利への多角戦略」と銘打って始めたものである。

 訴訟には,バイデン当選の公式証書の発行差し止めを求めるものもあったが,これら6州はトランプ陣営の申立をすべて棄却し,11月30日までにバイデン勝利の公式証書を発行している。まだ訴訟はすべて終わったわけではないが,不正な選挙という主張はほぼ退けられた。トランプ大統領には,保守派のエイミー・バレット判事を最高裁判事に送り込んで,有利な判決を得ようという思惑があったが,いまのところ最高裁まで行った訴訟は1件もない。

 裁判でほぼ完敗を喫しただけではない。トランプ大統領の主張は政府部内からも否定された。11月12日,国土安全保障省のCISAは,今回の選挙は米国史上最も信頼できる選挙であったとの連邦・州選挙管理者の声明を発表した(注1)。さらに,12月1日バー司法長官はAP通信とのインタビューで,捜査の結果,選挙結果を覆す不正の証拠は見つからなかったと述べた。こうして,司法と行政の両面から,「不正な選挙」というトランプ大統領の主張は根拠を失った。これによって敗北声明を出さない前提が崩れたわけだが,まだすべての訴訟が終わったわけではないから,いまは敗北を認める段階ではないというのが,トランプ大統領の主張であろう。往生際は悪いが,それはそれで筋が通っているわけである。

大統領の敗北声明は来年1月6日以降か

 では,②の「選挙人がバイデンを選ぶ」のはいつになるのか。これに答えるためには,改めて米国の大統領選挙制度を知る必要がある。

 米国の大統領選挙制度では,大統領が正式に選出されるのは11月3日ではなく,12月14日である。11月3日の投票日は,有権者が大統領候補者を直接選ぶために投票する日ではなく,正副大統領を選出する母体となる大統領選挙人(electors)を選出するために投票する日である。米国の大統領選挙制度は,直接選挙制ではなく,間接選挙制である。大統領選挙人が大統領を選出するのは,「12月の第2水曜日の後の最初の月曜日」と規定されている(3 U.S.C. 7,今年は12月14日)。通常の大統領選挙では選挙結果が変わることはないから,有権者の投票日イコール選挙人の投票日となるのだが,大統領が敗北を認めない今回の選挙は,イコールにならない可能性もある。

 12月14日に各州都で行われる選挙人による投票結果は,州知事の確認を経た後,連邦上院議長(つまりペンス副大統領)に送られ,翌年の1月6日(水曜日)の午後1時から開催される上下両院合同会議で,上院議長が開封し,集計結果を発表する。この発表で,270人以上の選挙人を獲得した候補者が次期大統領となる。なお,確実に上院議長に投票結果を届けるため,安全策として12月14日の6日前,つまり12月8日までに選挙人の投票結果を届けられなければならないと決められている。このため,各州政府は上述した当選証書の作成期限を12月初旬としている(注2)。

 こうしてみると,トランプ大統領が「選挙人がバイデンを正式に選んだら私は去る」という上述の発言は,来年の1月6日以降に正式に敗北を認め,大統領の職を辞すと発表するとことを意味する。敗北声明には,敗北を認めるだけでなく,分断した米国民に団結を訴え,バイデン次期大統領の下に結集することを呼び掛けるのが,ベストである。しかし,1月20日の大統領就任式もスキップするようなことをほのめかしているトランプ大統領にそれを期待するのは無理であろう。

 ひょっとすると,1月6日の発表に対してトランプ大統領が最高裁に訴える可能性もあるようだ。あるいは,6日の発表でトランプもバイデンも獲得した選挙人が270人に達しないことが明らかにされ,憲法修正12条によって下院で大統領選出,上院で副大統領選出という事態になるかもしれない。この場合の投票は各州1票で行われるが,そうなれば共和党議員の多い州が多数だからトランプ再選となるのは間違いない。まかり間違っても,270人を割る事態など起こるはずはないとは思うのだが,トランプ大統領はそれに賭けているところもあるようにみえる(注3)。

 あらゆる不利な結果に挑戦し,再選を実現するのがトランプ大統領流だから,予断を持たずに観察を続けるのが最善かもしれない。それにしても,2020年の大統領選挙は,いろいろと教えられるところの多い選挙である。

[注]
  • (1)Joint Statement from Elections Infrastructure Government Coordinating Council & The Election Infrastructure Sector Coordinating Executive Committees, Cybersecurity & Infrastructure Security Agency (CISA), November 12, 2020.
  • (2)この証明諸はCertificates of Votes と呼ばれ,憲法修正12条に規定されているように,票が入れられた大統領候補者全員の氏名および獲得票数を表にして作成される。「安全策」はsafe harbor という。
  • (3)トランプ大統領は今年9月26日の遊説で次のように語っている。「最高裁に解決を求めなくともよい。各州が1票の投票権しか持たない下院の投票に持ち込めば,共和党議員が多数の州は26州,民主党のそれは22州で,明らかに我々が有利だ。それを聞くとぞくぞくする」。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1969.html)

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