世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
デフレ下の財政出動は社会的収益率を重視すべき
(東京国際大学 教授)
2019.08.19
日本の歴史始まって以来の規模での金融緩和が続いているが,デフレ脱却はできていない。銀行預金に利子が付き,財団や社団などの経費が利子でまかなわれるなどという1990年代以前の状況は,現役の学生に説明しても理解が困難となっている。
リチャード・クーが『「追われる国」の経済学』(2019)の中で指摘しているように,確かに民間企業にはバランスシート問題が大きくのしかかっており,借り入れをして事業資金を得て投資をする動きは大幅に停滞したままである。国民は,景気の改善を期待できないために貯蓄に励んでおり,銀行に資金が滞留せざるを得ない。このように金融緩和という金融政策を打っても,効果が出ない状況があると言わざるを得ず,そうだとすると,財政政策として政府が投資案件を拾い出し,国内の需要を喚起する必要があることは間違いない。その際に課題となるのは,どのような支出でも国の経済を支えるためには有益であるとはできず,リチャード・クーが言うように,「社会的収益率」ができるだけ高いものを実施していくべきだという点である。
現状の金利が極めて低いため,成立するプロジェクトは少なからずあるはずだが,道路建設に関しても,日本全体での人口減少が始まっている以上,より便利になるからというだけでは建設を進めてよいとは言えない時代に入っている。将来の人口予測,道路の利用者数を考えつつ,補修維持費も見積もった上での決定が必要となる。従来型のハコ物としてのコンサートホール,劇場,博物館などを建設しても,自治体が負担する毎年の運営費が出ないと予測される場合には,プロジェクトそのものが成立しないと考えないとならない。
「モノからコトへ」という言い方があるが,政府が財政支出すべき分野は,ハコ物建設から,研究開発などイノベーションをもたらすソフト分野,また,英語およびその他言語に対する通訳の養成,IT技術者養成なども含める必要がある。
社会的収益率の計算と発表は,この数値の算出に習熟する研究者,シンクタンク等を動員して,プロジェクトごとに逐次,数値を発表して,後からもデータを追跡できるようにすることが大切である。米国政府のホームページを見ると,政府予算が支出されたことで,個々のプロジェクトが成果を生んだかどうか,「社会的収益率」の数値が掲げられており,後ほどの検証が可能となっている。
教育制度に関しても,創造的な人材が育成できるように,知識と記憶力ばかりに頼るのではなく,斬新な思考が出来る人材を育成するために資金が振り向けられるべきである。
さらに,リチャード・クー(同上)は2008年から2016年の間,台湾が相続税と贈与税の税率を10%に引き下げ,2016年以降20%に引き上げたものの,その経済活性化をもたらす効果が大きかったことを述べている。
日本も,大幅な相続税と贈与税の引き下げをすると,創業者に資金が回り,経済が活性化することは間違いない。台湾で生じたように,税収も落ち込むことはなかったとの情報は重要である。
さらに,財政出動の際の日本の課題としては,アレックス・カーが『犬と鬼-知られざる日本の肖像-』(2002)で述べているように,居住環境の計画性のなさ,美観意識の不足,あるいは欠如が,大きな問題である。電信柱,電線,看板,海岸のテトラポッドなど,美観を損ねる日本の街作りの有り様は鋭く批判されている。さらに,発展を阻害する様々な時代遅れの制度も問題であるとされる。
都市は計画して美観を向上させているとのアレックス・カーの指摘は重要で,シンガポールは,空港から中心部へ道路で向かうと,ガーデンシティと呼べるような,南国風な景観が続き,椰子,蘭など,飽きさせない景色が続いていくが,これは計画的に設計されて出来上がった景色であると指摘されている。
一方,日本では,電信柱には電線に加えて,現在では通信ケーブルが架設されており,何本ものケーブルが追加されて景観が悪化している。
都市は計画されて作るものであり,美観も,信念を持って,例えば電線の地中化は,市街地では50年,100年かかっても必ず達成すると方針を立てることは必要であり,海外からの観光客が日本の市街地を見て醜悪であるとがっかりしないようにするためにも,こうした計画性を持つことは重要である。「観光立国」と宣言した以上は,「社会的収益率」から考えて,市街地の電線地中化には,取り組む価値があると言えるだろう。
そもそも,平城京,平安京の昔から,都市は計画され,設計されて設置されてきており,明治以降も東京をはじめとして,都市の整備は計画的に行なわれてきた。秩序を欠いた都市のスプロール的発展は,特に第2次世界大戦後において顕著であり,「社会的収益率」を数値で考えつつ,投資を行っていくことが必要である。
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