世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3622
世界経済評論IMPACT No.3622

トランプ勝利後の世界のエネルギー需給と環境政策の変化

武石礼司

(東京国際大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.11.18

トランプ政権の再登場

 米国大統領選と上下院選の結果が明らかとなり,いずれも共和党が制して「トリプルレッド」が実現したことで,今後4年間の米国のエネルギーおよび環境政策についても,その方向性が明らかとなってきた。現在,トランプ政権の主要役職の候補が決まり始めており,米国が世界に向けて今後4年間,いかなる政策を導入するか明らかとなってきており,日本においても,エネルギー政策と環境政策に関して,その在り方が改めて問われつつある。

 バイデン政権とは明らかに異なって,トランプ政権では,8年前の第一期トランプ政権時と同じく,米国はパリ協定からの離脱に向かうと予測され,米国の政策に大きな変化が生じると見られる。

 トランプ次期大統領は,選挙公約として20項目を掲げたが,その中に,「米国を世界最大のエネルギー生産国にする」との目標が設定されていた。

 トランプ新政権は,バイデン政権期を挟んだ第2期目であるために再選がない。このため今後4年間に実施したい政策を,矢継ぎ早に,次々と完遂していくと予測できる。第一期目の経験がある上に,上下院ともに共和党が多数を占めたことで,大統領令に頼る弱い対応ではなく,多くの法案としての執行を行うことが可能となった。

環境政策の今後

 2015年のパリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定に従い,2℃シナリオおよび1.5℃を目指した各国による宣言が行われ,この各国別の宣言(NDC)を5年毎に見直していくこととなっているが,米国はこのプロセスから抜けていくと予測される。

 世界の温室効果ガスの排出量(2023年)は中国が31.9%,米国が13.2%であり,中国では石炭火力の増強が現在でも依然続いている状況にあり,2030年に国全体のCO2排出量のピークを付け,その後減少を図るとしている。途上国においては,パリ協定9条に基づき気候資金目標として,先進国から年間1兆ドルに上る資金を受けて削減に取り組むとの要求を出しているが,先進国経済は,欧州諸国を始めとして,コロナ禍とエネルギー高などにより悪化しており,途上国側から援助増額を要請されても応えられない状況にある。さらにトランプ政権は,こうした途上国の資金援助要請を,パリ協定離脱に伴い抜けていくと予測される。

エネルギー需給と政策の予測

 エネルギー源については,CO2排出削減がCOP会議により求められているが,現状で膨大な量(例えば,石油であれば日量1億バレル,ドラム缶約1億本/日)を消費している状況を,グリーン電力,バイオ燃料,水素等で代替しようとしても,コストが数倍から10倍を超える代替燃料を用いて新産業の育成と生産性向上を図り,経済全体の発展(グリーン成長)を図ることは容易でない。価格が大幅に高い代替燃料を供給しても,消費者の購買力が失われる結果が生じてしまい,経済成長がもたらされることは難しい。

 しかも米国が今後石油とガスの生産量のいっそうの増大を図ると,エネルギー価格が低位に止まり,世界の石油とガスの消費量は今後も増大していく可能性が高くなる。

 他方,化石燃料の輸出に依存する経済であるロシア,イランなどのエネルギー輸出国にとっては,化石燃料価格の低下は経済停滞が続くことを意味する。

日本のエネルギー環境政策への影響と熟慮の必要性

 米国でトランプ政権が選ばれ,エネルギー環境政策がバイデン政権とは真逆の方向に向かうと見られる一方で,日本政府の方は,エネルギー環境政策が不確定となっている。衆議院選挙で自民党が大敗したことで,公明党ばかりでなく,国民民主党,立憲民主党等の要請を次々と盛り込んで議会運営を行っていく必要が生じている。

 立憲民主党は原子力の将来的な廃止を目指しており,予算委員会を始めとして主要委員長職を立憲が占めることとなったために,自民党の主張は通らず,妥協に次ぐ妥協が行われると予測せざるを得なくなっている。電気・都市ガス・ガソリン等への補助金支給も政府は野党の意向を受けて実施していくと予測される。

 さらに海外との排出量取引を含むカーボンプライシングも2026年から本格開始の予定である。企業としては安い値段でCO2排出量の削減を満たすことができると評価する声が聞こえてくる。ただし,海外からの排出量の購入は,京都議定書の下で,2008年から2012年の第1約束期間に実施されたクリーン開発メカニズム(CDM)の事例のように,兆円単位の補助金として中国を始めとした国々の燃料転換,機器取り換えへの(顔の見えない)無償資金援助となり,各国の産業競争力強化の助けとなった歴史がある。

 対中関係に関して米国がどのような政策を取ろうとしているのかを見極めて,日本の政策の在り方を議論していく必要が生じている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3622.html)

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