世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1162
世界経済評論IMPACT No.1162

プーチンの平和条約締結提案:ロシア人はどう思っているか

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 チーフエコノミスト)

2018.09.24

 「考えが浮かびました。平和条約を締結しましょう。今ではなく,年末までに。先決条件はなしです(聴衆の拍手)。聴衆の皆さんのご支持はお願いしていなかったのですが。ご支持ありがとうございます」。これは先日ロシア・ウラジオストクで開催された東方経済フォーラム総会でのプーチン大統領の発言である。この発言に対する日本側の評価は総じてネガティブなようだ。では交渉相手であるロシア側はこの発言をどう受け止めているのだろうか。有識者の見解をまとめてみたので,参考にしていただきたい。

 9/14付『Ros Business Consulting』の論説の要旨は次の通りだ。「安倍首相は,外交の力点を領土問題解決でなく平和条約締結に置く事で,日ロ外交関係の軟化を図った。しかしすべてが準備段階にとどまっており,実質的交渉に入っていない。今回,プーチン大統領は初めて公の場で具体的な提案を行った。日本側は何らかの反応を示さねばならない。菅官房長官は『領土問題に関する日本政府の立場は不変』と述べたが,これは安倍首相が帰国する前の回答だ。9/20の自民党総裁選挙後に日本の本当の反応が見えてくるだろう。過去にも今回のプーチン大統領の『年末まで』と同じく,期限を決めた提案がなされている。エリツィン大統領・橋本首相による『2000年までに平和条約を締結する』と,プーチン大統領・安倍首相による『両首脳が在任中に平和条約を締結する』だが,どれもうまく行っていない。プーチン大統領の提案の背景には,日ロ経済協力の停滞への苛立ちだけでなく,平和条約を締結しようと何度も呼びかける安倍首相からのプレッシャーがあったのかもしれない。しかし,2016年のロシア外交政策コンセプトには日ロ間において『未解決問題解決』への言及は既にない。従って1956年の日ソ共同宣言は現在のロシア政府の立場と同じとはいえない。ちなみに中ロ国境画定のケースでは,2001年にまず中ロ善隣友好協力条約が調印され,2004年に国境が画定されたという点で注目に値する。なお,今回のプーチン提案を受けても,安倍首相は何も失わない。そもそも問題の早期解決という幻想は日本の指導部にはなかった。日本のマスコミは対ロ外交の停滞を既に2017年末から報じている。そしてちょうどその頃,安倍首相は中国との関係改善に外交方針を転換している。日本の政治的議事次第においては,経済問題や憲法改正,様々なスキャンダル,日米関係,中国,北朝鮮の優先順位が高く,日ロ関係の優先順位は低い。従って自民党総裁選挙で対立候補が安倍首相の対ロ外交を批判しても,大した反響は呼ばないだろう」。

 9/13付『論拠と事実』はロシア科学アカデミー極東研究所のワレリー・キスタノフ日本研究センター長のコメントを掲載している。要旨は次の通り。「日ソ両国は1956年に平和条約締結後色丹と歯舞を引き渡すことで合意した。しかしアメリカ人が『もし日本がそれを受け入れるなら,沖縄は返さない』と干渉し,それ以来,日本のエスタブリッシュメントは,四島返還無しでの平和条約締結は考えていない。プーチン大統領の発言の真意は『平和条約締結と領土問題を結びつける必要は無い』ということ。彼は我々の一般的な立場を述べただけである。この問題において,日本の立場はロシアのそれと根本的に一致しない。従って,年末までに平和条約は締結されない。日本ではどの政治家も領土問題に関する主張を取り下げるつもりはなく,今後も平和条約は結ばれない。プーチンは3期目に入って,日ソ共同宣言を出発点とする提案をした。それを受けて,日本人は2島(歯舞・色丹)は取り戻したと考え,残る2島(国後・択捉)の返還交渉も考えるようになった。それら4島に対する日本の主権もロシアが認めることを願いつつだ。しかしロシアはそれを受け入れられない。ロシアにとって,国後と択捉の返還は第2次世界大戦の結果の修正である。我々が望むのは,日本が戦争の結果を認め,平和条約を締結し,その後初めて領土交渉を行うというものである。日本の経済協力への感謝の印に,ロシアが島を返すというのは現実的でない」。

 9/12付『論拠と事実』はモスクワ国際関係大学の東洋学部長ドミトリー・ストレリツォフ教授のコメントを掲載している。要旨は次の通り。「ロシアは第2次世界大戦の結果として日本と平和条約を結ぶのでなく,中国と日本が1978年に締結したような平和友好条約を締結すべきだ。そのような条約は平和共存に基づく相互関係における両国の義務,主権と領土一体性の尊重,内政不干渉の原則を規定する。日ロ間では第2次世界大戦の結果と結びつかない条約が必要なのだ。戦争の結果について,日ロ間には国境問題以外の不一致は残っていない。その他の問題は1956年の日ソ共同宣言で解決済みだ」。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1162.html)

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