世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.999

ビスマルクとディズレーリとのやり取りから得られる教訓

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学教育学部 教授)

2018.01.29

 19世紀後半のヨーロッパを代表する大物政治家だったドイツの鉄血宰相ビスマルクと大英帝国の首相ディズレーリとの間で交わされた会話には,たいへん意味深長なところが隠れている。それはロシア・トルコ戦争に終止符を打つべく1878年にベルリン会議が開催されたとき,英語とフランス語に堪能なビスマルクが全体を取り仕切った。そのついでにディズレーリを自宅に招いて食事を共にしたときのことだ。

 ディズレーリが書き留めておいた日記に次のような文言がみえる。

 私は,ビスマルクと差し向かいで,つまり彼の家族たちと一緒に夕食をとったが,家族たちが食事の後で退席すると,我々は話しながら煙草を吸った。……〈中略〉……彼は,イギリスでは競馬が奨励されているのかと尋ねてきた。私は,これ以上ないほどに,と答えた。……「それじゃあ」,侯は熱をこめて叫んだ。「イギリスでは社会主義は蔓延しますまい。貴殿の国は幸せだ。民衆が競馬に夢中になっている間は貴国は安全です。この国では,紳士が通りを馬で行けば,『なぜあいつは馬を持っていて,俺は持ってないんだ』と独り言を言ったり,互いに言いあう者に20人はすれ違うことになります。イギリスでは,貴族は沢山の馬を有しているほど人気があるということですな。人びとが競馬に夢中になっている限り,貴国では社会主義にはチャンスはありません。(ジョナサン・スタインバーグ『ビスマルク(下)』小原淳訳,白水社,2013年,210ページ)

 これは両巨頭のやり取りの一部である。この会話からどのようなことがわかるだろうか。一方はすでに産業革命を達成して中産階級が興隆している大国の経済事情を投影していて,他方はいまだそこに至らず,社会階層問題に気を配らなければならない後発国の事情を表している。まずそうした事情を読みとれるはずだ。

 次に何がわかるか。それはイギリスの社会階層関係がいわゆるスノビズムによって特徴づけられることが窺えることである。この段階においてイギリスではすでに中流階級が十分形成されていると述べたが,国民の意識構造は上昇志向すなわちスノビズムによって支配されている事情が見てとれるのである。じつはディズレーリ自身,名だたる文人としての側面を併せもつ人物でもあった。かれが書いた作品の中には邦訳こそないものの,階級関係をモチーフにしたものがある。

 さて翻って現在,主要国において社会問題になっている格差問題を考えてみよう。かのピケティの『21世紀の資本』(2013年)の刊行を機に問題視されるようになった国内格差問題だが,どの国においても問われているのは,階層移動性(モビリティ)は担保されているのかどうかという問題である。言い換えるなら,社会階層のカースト化の色彩がじょじょに強くなっているとしたら,それは大問題である。アメリカのばあい,とくにそれが如実に表れているようにも見える。富裕層1%に対して貧困層99%という表現は,かなり誇張されている面があるとしても危機的状況にあることは否めない。

 先に紹介した両巨頭の出自について触れるなら,ビスマルクはドイツ特有のユンカー(地主兼農地経営者)の身分であったし,ディズレーリはユダヤ系イギリス人であった。それぞれ身分としてのエートスを意識せざるをえない微妙な立場であったことは間違いないだろうが,現代社会に向けての最も重要な教訓は,社会的中産層の形成とそれが成ったとしていかにそれを大事にし続けるかであろう。

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