世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3749
世界経済評論IMPACT No.3749

2010年以降の世界政治経済のカオス

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2025.03.10

 いま話題の著作『20世紀経済史――ユートピアへの緩慢なあゆみ――』(日経BP)の中で,著者ブラッドフォード・デロングは,1870年から2010年までを「長い20世紀」と措定して現代史を論じている。ところでこれまで筆者は1950~1980年と1980~2010年というように30年ごとに区分して,専門の「開発論」の視点から世界政治経済の動向を論じてきた。そこで今回は,その後の展開について簡単な考察を加えることとする。

 むしろ21世紀に入ってからの出来事のほうがインパクトは強かったかもしれない。まず世界的な一次産品ブームが起こった。それを経済学者は,コモディティのスーパーサイクル現象と呼んだ。エネルギー資源から鉱物資源,さらには食料系のコーヒー豆や大豆などコモディティ一般が空前の一大ブームを巻き起こしたのだから,そう呼ばれてもなんら不思議ではない。その背景としては,2001年に中国がWTOへ正式加盟していたことが大きい。すなわち新興国家中国によるコモディティ一般に対する旺盛なる需要が見込まれたことが最大の要因だった。それに冷水を浴びせかけたのが,米国発の金融危機であった。それは2007~08年に起こり,世界経済に深刻な影響を及ぼすこととなった。ギリシアに代表されるEU後進国が財政危機に追い込まれたが,ドイツなどのEU先進国や関係国の経済協力の下で急場は凌がれ,中国が世界的規模の公共事業を遂行することを確約した。

 また2011年には,別次元の問題が発生する。日本人には大津波をともなう東日本大震災の記憶が生々しいが,世界政治面では,2010年末から北アフリカ一帯に「アラブの春」現象が吹き荒れた。すなわちチュニジアからエジプト,リビアなどに広がり,これら3国では時の政権が打倒された。これらの国ぐにでは権威主義体制が打倒されて民主主義が芽生え始めたかに見えたが,その後の展開を見ると民主主義が十分育ちつつあるとはとてもいえそうにない。とはいえ2025年になってシリアのアサドがロシアへ亡命したというニュースが伝わってきた。いずれにせよこの地域の一連の出来事を機に,権威主義対民主主義という図式で各国を見ようとする姿勢が世界中に広がっていった。

 2012年に,中国で習近平指導体制が始まった。習が新規に打ち出した大構想が物議を醸しだすこととなる。「一帯一路」と「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」構想を打ち出したのである。習指導体制は,2020年に始まった新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の大流行によってつまずき始める。それは3年続いたが,習はゼロコロナ政策を採ったため,中国経済の成長は完全に停止してしまい,海外から呼び込んだ外国資本が徐々に逃避するようになった。ミクロの視点から見ると,この国の比較優位産業となっている電気自動車(EV)や太陽光パネル,ドローン,リチウムイオン電池などの分野で圧倒的な国家支援体制によってマウントをとろうというやり方が目立つ。まずは国内市場を相手に供給し,そして欧米向けに輸出攻勢をかけるやり方なのだが,そこには世界の競合他社を排他的にあつかう姿勢が含まれる。せっかく経済特区に誘致していた多国籍企業に対する処遇がそのようなものなら,欧米主要国や日本などの政府や関係産業は中国を警戒するようになる。否,すでにそのようになっているように見える。その結果が,スリランカ,イタリア,ケニアおよびパナマへと続く「一帯一路」からの離脱表明であった。そして前述のような外国資本の逃避活動に拍車がかかっている。

 他方において,米国では2016年と2024年の2度の大統領選挙においてドナルド・トランプが選ばれることとなった。かれはアメリカ・ファースト政策を進めた。国際協力の枠組みから離脱して自国中心主義にもどろうというのだ。背景は,大量の移民流入やそれにともなう白人人口比率の低下(いまや米国全人口に占める白人の割合は60%を下回る),および中産層白人の低下層化現象などだ。移民問題が背景にあるのは,イギリスのEU離脱(プレグジット)も同様である。トランプはさらに輸入関税の引き上げによる近隣窮乏化政策をしかけようとしている。

 2022年は,ロシアがウクライナ侵攻を開始した年でもあった。このばあいの背景は,ロシアの指導者プーチンの大国主義,天然資源や穀物の安定供給などに求められるだろうか。いずれにせよ3人――トランプ,プーチン,および習近平のアドホックな言動や行動は一種の攪乱要因と化している――の思惑により周辺の国ぐには大きく影響を受けることになり,ここにいたってEUや日本の誤りなき対応が要請されるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3749.html)

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