世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
Brexitは国民経済に利益となるか
(北星学園大学 名誉教授)
2018.01.08
2017年12月8日のメイ英首相とユンケル欧州委員長の合意により,加盟国首脳会談を経てようやくBrexitの第一段階から本格的な離脱交渉——通商合意を得る交渉段階(第ニ段階)——への移行可能な状況が出てきた。しかしBrexitを巡る英国とEUの関係は,英国の事情,特にメイ政権の動向が今後を左右するのは間違いない。すなわち英国次第である。足元の危ないメイ首相は,予め2年間の移行猶予期間を求めたのであるが,英自由貿易協定(FTA)の可否をはじめ,EU離脱後の具体的な対応策が果たしてまとめ切れるかについての見通しは立っていない。
実はキャメロン時代の国民投票におけるBrexit推進派の僅差の勝利が,今も英国民の民意をなお正確に反映しているのかについてはかなり疑問がある。最近のThe Telegraphによる世論調査ではBrexit残留派51%,推進派41%と国民投票とは真反対10%程度残留派が上回る結果も出ている。加えて単一市場からも脱退すると明言するハードBrexitのメイ首相の政権内部から,ハモンド財務相等の有力閣僚がこれに反対意見を主張する声が上がってきた。Brexit が現実的になるのに伴って,スコットランドや北アイルランド問題のような英国の分断を招くような大問題以外にも現実的な政策選択に微妙な差異が生まれてきているのである。
ここではBrexitを考える上で重要な経済問題に焦点をおくためEUと英国の最近時の主要経済指標で比較してみる。先ず経済規模を示すGDPはEU/UKは7.25倍であるが,英国がEUの13.8%を占めている。一人当たりGDPは英国が20%程度高いが,経済成長率は0.6%程度でほぼ並んでいる。英国はまぎれもなくUE内経済大国である。次いで英国とEUの緊密な経済関係を示す輸出入では英国は対EUが50%程度と極めて高い。同じく直接投資も43%でこれも高く,年々増加している。EU以外では一割程度がアジア太平洋州,北米との関係と次に続くが,圧倒的にEUとの結合関係が上回る。明らかにイギリスにとってヨーロッパは我が家,少なくとも世界で最も親しい隣人である。
しかし,Brexitをもたらしている最も大きな,そしてこれまで内包されてきた要因がある。EU対英国の予算規模と専任スタッフの規模である。EUの予算はUK政府予算の2%弱,職員数はUKの12%弱に過ぎないのである。双方の規模の差は歴然としている。圧倒的にUKが財政力の上でも予算執行に直接当たる人員スタッフにおいても大きな力がある。これらの違いこそスーパーナショナルとナショナルの違い,政策完遂力の違いであり,加盟国が完全に一国に一体化する以外に免れ得ない事実である。それらは(1)EUの拡大と英国の相対的発言権の縮小(2)EU政策推進による犠牲の増大(3)EU予算に対する貢献度と負担の増大等,Brexitのミクロ的な国民感情に最も刺激的効果をもたらしたのである。
しかし,EU加盟によって経済的権益が失われているというナショナルな主張は,あまり実際的な根拠を持っていない。28カ国に拡大したEUが各国のそれぞれのニーズをきめ細かく実現していくというマネジメントは,益々困難度を加えることが予想されるが,イギリス経済自体は,回復基調にあって緊急に対処しなければならない問題はない。尤も世界を覆う難民,移民問題は,潜在的には最もBrexitを促進した要因といわれる。英国にはEU出身者300万人,EUには英国出身者200万人居住しているが,EUから更に移民が増加し,英国人の仕事を奪っていくと考えるのである。しかしこのような主張の根拠を詳細にみると,現在の英国の雇用の実態を必ずしも正確に反映しているとは言えない。この問題は簡単には解決できないが,英国の失業率は2012年の7.8%から2017年の4.5%へとむしろ近年大幅に低下している。またシンクタンク・コンパスのシンズイア・リエンゾ等の「イギリス労働市場に於ける移民の特質と成果」(23/03/2017)に寄れば,1993年以来近年の2015年の英国出身者と移民出身者の雇用条件は近接してきたと述べている。雇用率,失業率,単位時間当たり賃金の格差はなくなってきている。それは,労働の質が変わり,男性は専門的職業(ソフトウエア技術者等),女性は同じく看護,情報技術専門職が若い世代で求められ,その結果英国出身者と移民出身者による差異がなくなってきたのである。こうした雇用条件で移民が容易に受け入れられるようになってきたのは果たして英国的特質か,又今後も持続するかは予断を許さないが,移民が必要以上に嫌悪されることにはならないという分析は,「移民の経済学」の本格的な研究成果として一般の国民への理解がもっと進むだろう。
以上を総じて言えばBrexitの反乱は多くの場合英国民がEU,Brexit,そして英国の実態についても「良く理解していなかった」ことによる。このような中で残された交渉期間内に,単一市場からの脱退等のハードBrexitへの移行は,極めて大きな問題を孕む。先ずBrexitが現実化した場合に英国,なかんずく英国経済は確実に不利益を被る。英国の旧来型産業としての自動車等の製造業や,英国の得意とする金融ビジネスや不動産業は圧倒的にEUとの自由市場に依存している。このようなマクロ的な英国経済の見通しなしに直進するとすれば,メイ首相にとっても余りにも危険すぎる選択となる。
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