世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.948
世界経済評論IMPACT No.948

習近平新体制の新産業クラスター形成と地域統合

朽木昭文

(日本大学 教授)

2017.11.13

1.地域統合のための「一帯一路建設」と中所得から脱出するための「自由貿易試験区」の融合

 習近平共産党書記・国家主席・中央軍事委員会主席は,長期の権力固めを行った。その背景として,的確な経済政策がある。この点に関して,10月18日の第19回中国共産党大会(略称:十九大)での習報告をもとに指摘する。

 「小康社会(いくらかゆとりのある社会)全面完成の決戦を進める」とは,中国の経済が第1段階として「転換点」を過ぎた。転換点とは,生存水準で雇用することができる余剰労働力がなくなる点である。第2段階として「科学的発展観」が,方向を成長一辺倒から変えた。

 第3段階として,中国は,中所得国から高所得国へ脱する必要がある。アジアの多くの国が中所得国の罠にあるという研究もあるが,中所得の水準から脱することは,非常に難しいといわれる。このためには衣食住が足りた国民の消費の質を高める必要がある。

 こうした中で第1期習政権が打ち出した政策は,非常に的確であった。つまり,「一帯一路建設」と「自由貿易試験区」である。今後の政策として,習報告は「「一帯一路」建設を重点に開放の枠組みを築く。地域開放の配置を最適化するために自由貿易試験区により大きな改革の自主権を与え,自由貿易港の建設を模索する」と述べる。自由貿易試験区により産業クラスターが形成される。この政策の実行には,20年単位の期間を要する。

 この方向の的確さは,中国の1978年からの改革・開放政策により成功した成長戦略を採り入れたことにある。一方で,中国で産業政策を実施したことも寄与し,国内の企業が成長した。世界の有力企業フォーチュン500社(売上高)の数は,1995年に日本が149社であった。2015年にアメリカが128社で変わらず,日本53社と3分の1となり,中国は日本の約2倍の98社となった。2017年に中国は115社(台湾6社を含む)である。

 他方で,鄧小平氏以降は,工業化について経済特区に「外国直接投資」(Foreign Direct Investment)を導入する方式で「転換点」を超えた。「自由貿易試験区」は,中国で成功した経済特区の方式である。これは,製造業に適用され,製造業集積,製造業クラスターを形成した。この方式が,サービス産業,特に金融業に「外国直接投資」利用型の工業化へ適用される。こうしてサービス業クラスターの形成により中所得国の罠からの脱出を目指す。

2.今後の課題として残る文化建設による「消費の質」の高度化

 注目すべき習報告は,社会主義建設を目指すと述べたが,基本が「市場メカニズムが有効で,ミクロ主体活力があり,マクロコントロールが適切な経済体制を築く」である。これは,通常の資本主義の市場経済と全く同じである。つまり,習政策は,経済としては市場経済である。

 また,中国の産業を「グローバル・バリューチェーンのミドル・ハイエンドに進める」。この方向がイノベーションの活発化である。今後の方向は,「革新(イノベーション)型国家建設」である。

 習報告の認識として,今が「発展パターン」転換にある。経済構造の最適化であり,農業,製造業,サービス業のGDPと雇用の占有率(シェア)に関する中国国民の福祉最大化のための最適化である。供給サイド構造改革を主軸とし,その起点がイノベーションである。広東省の深圳では若者を中心としたイノベーションが現実として活発化している。ただし,この課題は,知的所有権を守ることである。

 中所得国から脱するために,「五位一体」を目指す。つまり,経済建設,政治建設,文化建設,社会建設,エコ文明建設である。ここで,特に「文化建設」が重要である点に注目する。習報告では,「文化事業と文化産業の発展を推進する。社会効果を第1に据え,社会効果と経済効果を1つに結び付けた体制・仕組みの構築を急ぐ」。消費の質の高度化について文化建設は不可欠である。ただし,習報告で不足している点が,生産面のみではなく,消費面での産業育成の重要である。特に,文化育成における「伝統」の重要性の再認識である。伝統を見直し,伝統に革新を加えることが,消費の高度化へつながる。

3.必要な「汪洋副首相」

 以上から注目すべき人事は,かなり早い段階で「汪洋副首相」(経済担当)が内定した点にある。汪洋氏は広東省知事の時から日本貿易振興機構とも親しい関係にあり,「広東経済の高度化と日中経済連携の課題」共同事業を2010年4月〜2015年3月に実施した。汪洋副首相は供給サイドの構造改革の認識が明確であった。

 その後は,広東省政府は,中国企業の海外進出などに強い関心を示した。この点で習報告は,地域協調発展(釣り合いのとれた発展)戦略を実施する。京津冀(北京―天津-河北省)の共同発展,長江経済ベルトの発展を推進する。「広東省,香港,マカオの政府の協力の深化,グレートベイエリア建設計画」が2017年7月に契約された。香港はプロフェッショナル・サービス分野の海外展開に向けたプラットフォームを構築する(中井邦尚「ジェトロ通商広報」2017年8月24日)。このベイエリア建設が「一帯一路」建設とつながる。

 習政権の経済政策の面で広東省での実験は汪洋副首相に,そして中国全体の経済政策の安定性に大きな影響を与えていると推測される。

4.長期的な国内の産業クラスター形成と一帯一路建設による地域統合

 習政権の課題は,地球全体が解けていない格差と環境である。格差については,内陸開発などで一定の成果を収めた。環境は,難しいが対応はしている。また,汚職の対策は徹底している。そして,習政権は,自由貿易試験区を拠点とした産業クラスター形成,20年単位の一帯一路建設の本格化による地域統合,この2つをバネとした中国の新しい成長経路のスタート台に立った。

[参考]
  • 朽木昭文(IMPACT No.937)「一帯一路」建設参加に出遅れる日本の対応
  • 朽木昭文(IMPACT No879)中国「自由貿易試験区」を〈モメンタム〉とした一帯一路建設
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article948.html)

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