世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3751
世界経済評論IMPACT No.3751

トランプ氏によるSDGsの全否定:米国の関税・復活引き上げと民間警備会社化へ

朽木昭文

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.03.10

 イノベーションを起こす常套手段は,常識を覆すことである。トランプ氏は,この常套手段をあらゆる面で適用する。これまでの世界は,「自由化,貧困撲滅,環境維持」による開発援助政策で動いてきた。これらを全否定する。やり玉は援助機関であるUSAID(米国際開発庁)であり,その年間予算は6兆7000億円である。トランプ氏は,財政削減の第1弾としてUSAIDの閉鎖を求めた。

 以下で世界銀行の1980年代以降の開発援助政策を3期に分けて説明し,その全否定された中身を明らかにする。

1.経済自由化政策,貧困削減戦略,持続的開発目標の全否定

 第1期は,1980年から1995年までであり,構造調整プログラム(SAP)が実施された。第2期になると,貧困削減戦略文書(PRSP)」が生まれた。ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)の見直しの時期であった2015年に至ると,持続的成長が大きな課題となる。第3期は,2015年から持続的開発目標(SDGs)に至る。これらの「貿易自由化」,「貧困撲滅」,「環境持続」の全否定がトランプ政策である。

2.「関税撤廃」・貿易自由化政策の構造調整プログラム(SAP)

 世界銀行の構造調整プログラム(SAP)は原則として経済の自由化政策である。この自由化は,価格競争の導入あるいは規制緩和であり,それを実施する手段は大きく分けて3つからなる。第1に,「為替レートの自由化」である。第2の自由化は,「統制価格の撤廃」,つまり政府が決めていた財やサービスの価格を自由化することである。第3に,「金利の自由化」である。

 これらの援助政策のうちで貿易自由化政策,特に為替の自由化と「関税引き下げ・撤廃」が“成功した”と事後評価された。トランプ大統領は,この政策に逆行する政策,つまり「関税化政策」を始めた。

3.貧困削減戦略文書(PRSP)構造調整プログラムからの転換

 ウォルフェンソン世界銀行総裁は,クリントン政権下の1995年に就任し,「貧困削減」を世界銀行の目標の核とした。貧困削減戦略文書とは,英語でPoverty Reduction Strategy Papers(PRSP)である。PRSPの特徴は,予算措置,参加型プロセス,社会セクター,優先順位付けの4つの点である。すべての世界銀行の活動は,貧困削減を目的とする。

 この戦略文書が世界に浸透する契機となったのが2001年の9月11日に起きたアメリカ同時多発テロであった。資本主義は所得格差を生むので貧困削減が必要であるという論理が展開された。援助の本来の目的は「貧困削減」であるという考え方が世界に浸透した。

4.アメリカ・ファースト,自国民ファースト,そしてSDGsは不要

 PRSPは,2000年9月からMDGsを実現するために実施される。例えば,MDGsの目標とは,「極貧と飢餓の削減」について1日1ドル以下の所得の人口比率を1990年比率につき2015年までにその比率を半減することであった。また,飢餓に苦しむ人口比率を半減する。そして,2015年から持続的な開発目標であるSDGsがMDGsを引き継いだ。

 SDGsは,持続可能である世界の構築である。目標の項目は,貧困と飢餓の解決を含み,保健,教育,ジェンダー,水・衛生,エネルギー,包括的かつ「持続可能な経済成長」である。

 「環境問題」の解決などを含む目標は,レジリエントなインフラ構築と工業化・イノベーション,格差,包括的で安全かつレジリエントで持続可能な都市建設,持続可能な消費・生産形態,気候変動,海洋,エコ・システムである。更に,平和で包括的な社会の促進と説明責任のある制度の構築,グローバル・パートナーシップの活性化である。

 以上のように国際協力の在り方は,経済自由化,貧困撲滅,環境問題の解決が要求されるようになった。そのSDGsをトランプ氏は全否定した。したがって,USAIDは不要となる。

5.トランプ氏の世界警察・公共財から民間警備会社アメリカへの転換

 環境問題は「外部不経済」として経済学で理解される。政府の警察機能の役割は,「公共財」の提供である。外部不経済と公共財は,「市場の失敗」として理解され,市場の競争,つまりトランプ氏のいう「ディール」で解決することが難しい。このことが経済学では証明されている。

 アメリカは,これまでは世界の警察機能を担う「世界公共財」を提供してきた。しかしながら,その余力はなくなった。トランプ氏は「アメリカ・ファースト」を掲げその役割から降りた。アメリカは,民間の警備会社となり,アメリカは警備機能に料金を徴収する。これが「ディール」による料金決定である。ウクライナの警備に対しては,レア・メタルでの支払いを要求した。

 しかし,以上のような議論にトランプ氏は関心がない。アメリカ・ファーストの結論が先にあった。そして,USAIDが否定された。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3751.html)

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