世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3695
世界経済評論IMPACT No.3695

米国・投資チャンスG7首位:産業集積の好条件

朽木昭文

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.01.20

 2024年11月,米国大統領選挙でトランプ氏のカムバックは,世界に激震を走らせた。そして,トランプ氏による重要閣僚発表において,「政府効率化省(DOGE)」のトップにイーロン・マスク氏,次期司法長官に下院議員のマット・ゲーツ氏や国土安全保障長官にサウスダコタ州知事のクリスティ・ノーム氏などを指名し,更なる衝撃を世界に与えた。トランプ氏の再登板で米国の投資環境は様変わりするのであろうか。

 2023年の対米国投資が有望とされる理由の一つに,投資地に求められる「産業集積」があげられる。一方,課題は高インフレ,高賃金,人材確保難である。米国のワーカーの平均賃金はインドの10倍である。日系企業は,米国を投資有望国として第4位とした。2024年には米国内の日系企業は,調達,生産,販売の見直しを予定するとしているが,それでも変更自体は米国から米国の国内での変更が中心である。日系企業にとってアメリカへの投資は持続的である。

1.日本企業の有望国:米国4位

 JBIC(国際協力銀行)の調査によれば,日本企業の3年程度の有望事業展開国に関して,2022年は,「インド,中国,米国,ベトナム」が1位から4位であった(注1)。2023年になるとベトナムが2位に上がり,インド,ベトナム,中国,米国の順となる。ただし,これを産業ごとの自動車,電気・電子,化学,一般機械で見ると少し異なる。自動車については,インド1位,中国2位,「米国6位」となる。電気・電子では全体と同じインド,ベトナム,中国,「米国4位」の順となる。化学ではインド1位,中国と同位で「米国2位」となる。一般機械では,インド,ベトナムの次に「米国3位」となる。

2.賃金コスト比較:インド10倍の米国

 ジェトロによる2024年度投資コスト比較調査で,ワーカー,エンジニア,中間管理職,スタッフ,マネージャーの月平均賃金を米国,インド,中国,ASEAN,中南米,日本(福岡)に関して見てみよう(注2)。

米国の平均賃金は,世界全体の平均賃金と比較すると,すべての業種で最高である。インドと比べて,米国のワーカー賃金は,3,687㌦/月と10倍である。全世界と比較して最も低い国の1つがインドでワーカー賃金は,363㌦/月で,エンジニアが約2倍の7,790㌦/月,マネージャーが約3倍10,087㌦/月である。

 中国の広州,武漢,重慶,深圳,上海の平均賃金とインドの平均賃金と比べると,ワーカーとエンジニアに関して中国はインドの約2倍である。そして,中南米は,ワーカーの賃金に関して中国と同じであるが,エンジニア,中間管理職,マネージャーでは中南米は中国の2倍を超える。

 日本の福岡に関しては,ワーカー,エンジニア,中間管理職,マネージャーの賃金については,台湾,香港,北京の平均賃金に近い。福岡のエンジニア,中間管理職,マネージャーの賃金は,米国の平均賃金の3分の1程度である。

3.JBICによるインド,中国,米国の有望理由

 インドの有望理由は,安価な労働力(アンケート調査企業の29.5%),現地マーケットの現状規模(37.4%),特に現地マーケットの今後の成長性(84.2%)である。中国の有望理由は,産業集積があることである(26.4%),特に現地マーケットの現状規模(68.2%),現地マーケットの今後の成長性(56.4%)であった。

 米国の有望理由は,産業集積があること(27.6%),現地マーケットの現状規模(70.5%),現地マーケットの今後の成長性(67.6%),現地マーケットの収益性(35.2%),現地マーケットのインフラが整備されている(39%),政治・社会情勢が安定している(31.4%)である。

4.投資課題:インフレと賃金上昇

 インドの課題は,法制度の運用が不透明(39.8%),他社との厳しい競争(40.3%),インフラが未整備(29.5%)である。中国の課題は,法制度の運用が不透明(42.9%),知的財産権の保護が不十分(30.5%),労働コストの上昇(65.7%),他社との厳しい競争(61.9%)である。

 そして,米国の課題は,技術人材の確保が困難(28.9%),管理職人材の確保が困難(25.8%),労働コストの上昇(72.2%),他社との厳しい競争(58.8%)である。

5.ジェトロ調査による米国内の調達,生産:米国から米国が多い

 調査対象の日系企業174社について,2023年の調達の変更先として,米国内から米国内が31件であり,米国内から日本へが13件であった。中国からASEANが15件であり,日本から米国へが25件である(注3)。

 米国向け製品の生産地は米国内が60.8%である。一方,生産地の変更は52件である。米国から日本(10件),米国からASEAN(7件),米国からメキシコ(5件),日本から米国(6件)等である。

6.対米投資にトランプ大統領就任後変化はでるか

 筆者が行った2010年から2022年までのJBICデータに関する因子分析(注4)によれば,日系企業のインド投資への決定的な課題は「エンジニア」の不足であった。これがインドへの外資導入に対するボトルネックとなり,「産業集積の阻害要因」となってきた。一方,米国について同調査からはボトルネックとなる課題は抽出されず,有望理由として「産業集積」が挙げられた。米国にはテキサス州オースチンやヒューストンなどに好条件の投資候補地がある。トランプ政権になっても,産業集積そのものが毀損される可能性は少なく,今後も米国は有望な投資国として存続する。他方,冒頭記載の高インフレ,高賃金,人材確保難といった諸問題に対してトランプ氏が如何に対峙して行くかが投資家の注目するポイントとなろう。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3695.html)

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