世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.944

ASEAN経済統合の深化とASEAN中心性

清水一史

(九州大学大学院 教授)

2017.10.30

 今年はASEAN設立50周年である。ASEANは東アジアで最も長い歴史を有する地域統合であり,東アジアで最も深化した経済統合である。1967年に設立されたASEANは,1976年から域内経済協力を進め,1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)の実現を目指し,2003年からはASEAN経済共同体(AEC)の実現を目指してきた。2015年12月31日には遂にAECを創設し,更に新たなAECの目標(「AEC2025」)に向けて経済統合を深化させようとしている。

 同時にASEANは,東アジアの経済統合を牽引して中心性(Centrality)を維持してきた。ASEANは,東アジアの地域協力とFTAにおいても中心であった。アジア経済危機後のASEAN+3やASEAN+6などの重層的な協力において,その中心はASEANであった。またASEANを軸としたASEAN+1のFTAが確立されてきた。そして2008年からの世界金融危機後の構造変化の中で,TPPが大きな意味を持ち始め,2011年には東アジア地域包括的経済連携(RCEP)がASEANによって提案された。

 以下,東アジアの経済統合におけるASEANの中心性について考えてみたい。ASEANにおいては,そもそも域内経済協力が,その政策的特徴ゆえに東アジアを含めより広域の経済協力を求めてきた。1987年からのASEAN域内経済協力においては,発展のための資本の確保・市場の確保が常に不可欠であり,同時に,自らの協力・統合のための域外からの資金確保も肝要であった。すなわち1987年からの「集団的外資依存輸出指向型工業化」の側面を有してきた。そしてこれらの要因から,東アジア地域協力を含めた広域な制度の整備やFTAの整備は避けられなかった。

 ASEANでは,歴史的に域内経済協力と同時に域外経済協力が展開し,域外経済協力(対外経済共同アプローチ)に関して一貫して効果を上げてきた。域外経済協力は,そもそも1972年の対EC通商交渉,1973年の対日合成ゴム交渉以来の歴史を持ち,現代ではASEAN拡大外相会議,ASEAN+3会議,東アジア首脳会議(EAS),ASEAN地域フォーラム(ARF)に見られるように,東アジア地域における交渉の「場」をASEANが提供し,自らのイニシアチブの獲得を実現してきた。またASEANを巡るFTA構築競争もこれらの会議の場を主要な舞台としてなされてきた。

 ASEAN域内経済協力のルールが東アジアへ拡大してきた事も重要である。たとえば,1977年のASEANスワップ協定(ASA)が,2000年のチェンマイ・イニシアチブ(CMI)として東アジアへ拡大した。また,AFTA原則が,ACFTAなどASEANを軸とするFTAに展開してきた。EASの参加基準も,ASEAN基準に基づくこととなった。

 ASEANにおいては,上記のように経済統合が,その政策的特徴ゆえに東アジアを含めより広域の枠組みを求めるが,しかし同時に,協力枠組みのより広域な制度化は,常に自らの存在を脅かす。それゆえに,東アジア地域協力の構築におけるイニシアチブの確保と自らの協力・統合の深化が求められる。

 これまでASEANは,AFTAを達成しAECを打ち出して自らの経済統合を他に先駆けて進めることと,東アジアの地域協力枠組みにおいてイニシアチブを確保することで,東アジアの広域枠組みへの埋没を免れ,東アジアの経済統合をリードしてきた。1990年代後半からのASEAN+3やASEAN+6の制度化という東アジアの地域協力の構築の際には,それらの地域協力においてASEANが中心であること,ASEANが運転席に座ることを認めさせてきた。

 これらの状況の延長に,ASEANのRCEPの提案がある。世界金融危機後の変化の中でTPPが進められ,それまで進展のなかった東アジア広域FTAの実現にも,大きな影響を与えた。2011年8月には日本と中国が共同提案を行い,それに対応して2011年11月にはASEANがRCEPの提案を行った。ASEANにとっては,東アジアのFTAの枠組みは,従来のようにASEAN+1のFTAが主要国との間に複数存在し,他の主要国は相互のFTAを結んでいない状態が理想であった。しかし,TPP確立の動きとともに,日本と中国によって東アジアの広域FTAが進められる状況の中で,ASEANの中心性を確保しながら東アジアFTAを推進するというセカンドベストを追及することとなったと言えよう。RCEPにおいても,ASEANの中心性に関して「RCEP交渉に当たっては,新たな地域的経済構造におけるASEANの中心性を認識する」(「RCEP交渉の基本指針及び目的」)と明示されている。

 ASEANは,各国の政治の不安定,南シナ海問題とそれにも関連する各国の中国との関係の違いなどの統合への遠心力を抱えているが,更に経済統合を深化させていかなければならない。同時に東アジア経済統合において,中心性を維持していかなければならない。東アジアには,現在,「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)のような,中国主導でASEANが中心とはならない協力もかぶさって来ている。ASEANがイニシアチブを握り,東アジアの経済統合を進めるRCEPの役割は大きい。

 トランプ大統領就任によってアメリカがTPPを離脱した現在の状況において,ASEANとRCEPは更に重要となる。AECは東アジアで最も深化した経済統合である。RCEPは成長を続ける東アジアのメガFTAであり,RCEP交渉の行方が他のメガFTAの存続と発展に大きく繋がるであろう。

 来月11月には,ASEAN首脳会議と一連の会議,APEC首脳会議等,今後のASEANと東アジアに大きく影響する会議が続けて開催される。ASEANが東アジア経済統合における中心性を発揮して,RCEPが実現に近づく事を期待したい。更にはRCEPとTPP11の交渉進展とその相乗効果によって,現在の世界の通商政策を巡る厳しい状況が変化していく事を期待したい。

 

*詳しくは,拙稿「ASEAN経済統合の深化とASEAN Centrality」日本国際問題研究所『国際問題』No.665,2017年10月号を参照されたい。

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