世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3181
世界経済評論IMPACT No.3181

厳しい世界経済下のASEANとRCEPの重要性

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2023.11.13

 保護主義・米中貿易摩擦とコロナ感染の拡大はダブルショックとなって大きな負の影響を世界経済に与えたが,更に大きな変化が世界と東アジアに起きている。第1に米中対立は更に拡大を続けている。第2にデジタル化の強化などポストコロナの構造変化が起きている。第3にロシアのウクライナへの軍事侵攻が大きな負の影響を与えている。第4に東アジアでは,ミャンマーの軍事クーデターとその状況の持続が負の影響を与えている。最後に,最近のイスラエルとハマスを巡るパレスチナ情勢も,大きな影響を与える可能性が高い。世界経済は大きく変化しつつあり,より厳しい状況となってきている。しかしこの状況下で,ASEANは経済統合を着実に深化させている。またRCEPは2022年1月に遂に発効し,その利用も拡大している。

 ASEANは2015年に創設したAECを着実に深化させている。全10カ国での関税撤廃を完了し,貿易円滑化,サービス貿易の自由化,投資の自由化・円滑化等を進めている。物品貿易自由化では,ASEAN域内の関税撤廃を2018年に完成し,2022年3月にASEAN物品貿易協定(ATIGA)のアップグレード交渉を開始した。貿易円滑化も進展が見られる。税関ではASEANシングル・ウィンドウ(ASW)を通じたASEAN税関申告書(ACDD)の電子交換が始められている。ASEAN認定事業者(AEO)相互認証も進められ,2023年9月には全加盟国が認定事業者(AEO)相互認証取り決めに署名した。認定された事業者は迅速な通関と優先的な貨物検査を受けることができる。

 サービス貿易では,ASEANサービス貿易協定(ATISA)が2020年10月の署名の後に2021年4月に発効した。投資では,ASEAN包括的投資協定(ACIA)の改正が準備されている。また「ASEAN投資円滑化枠組み(AIFF)」が採用された。ASEANでは初めての投資円滑化の試みである。

 デジタル化への対応も進められている。2021年1月には「ASEANデジタルマスタープラン2025(ADM2025)」が採択され,2023年9月には「ASEANデジタル経済フレームワーク協定(DEFA)」の交渉が開始された。また「ASEAN電子商取引協定」が2021年12月に発効し,「ASEAN電子商取引協定の実施に関する作業計画(2021-2025)」が進められている。

 ただしASEANの経済統合へ逆に作用する例も見られる。たとえば,ミャンマー問題や,各国の保護主義的措置の拡大である。ミャンマーの状況は,統合を深化させていく上で基盤となるASEANの一体性にマイナスとなる。ASEANとしての一層の取り組みが必要である。2023年9月の首脳会議では,その年の議長国(今年はインドネシア)だけでなく,前後の議長国とともにトロイカ体制で取り組むことが合意された。各国の保護主義的措置に関しても,ASEANとして対処していく事が必要である。

 RCEPについては,2022年1月1日に協定が先ずは10カ国で発効された。その後も4か国で発効され,各国で対応しているミャンマーを除き14カ国で発効済みである。そして実際にRCEPの利用も大きく拡大している。世界の成長センターである東アジアで,初のメガFTAかつ世界最大規模のメガFTAである。ASEANを中心に放射上に伸びる既存の複数のASEAN+1FTAの上に,その全体をカバーするメガFTAが実現し,東アジア全体の経済統合が進められる。そしてこれまでFTAが存在しなかった日中と日韓のFTAが実現され,東アジアに大きな経済効果を与える。世界経済においても,WTOによる世界全体の貿易自由化と通商ルール化が進まない現在,広域の東アジアで貿易投資の自由化と通商ルール化を進めるRCEPの意義は大きい。

 RCEPにおいては,ASEANの中心性とイニシアチブの持続が重要である。RCEPは,そもそもASEANが2011年に提案して交渉を牽引してきたメガFTAであり,ASEANが交渉を牽引してきた。東アジアの経済統合は,中国のプレゼンスが拡大する中で,ASEANが中心となることでバランスが取られている。ASEANがRCEPにおいてイニシアチブを発揮できるように制度整備していくことが重要である。日本も,ASEANがイニシアチブを発揮できるように協力していかなくてはならない。またRCEPにおいてASEANがイニシアチブと中心性を確保し続けるためには,ASEAN統合の深化とASEANの一体性も肝要である。

 米中対立など世界経済の状況が一層厳しくなる中で,ASEANとRCEPは東アジアの貿易投資の拡大を支えている。ASEAN統合とRCEPの深化が,東アジア経済と世界経済の発展のために不可欠である。

 今年は日本ASEAN友好協力50周年である。来月12月には,日本ASEAN特別首脳会議も開催される。日本とASEANの一層の連携も,日本,ASEAN,東アジアと世界経済にとって必須である。

付記:本稿に関しては,拙稿「厳しい世界経済下のRCEPとASEAN―RCEPの発効とASEANの役割―」,石川幸一・馬田啓一・清水一史編著『高まる地政学的リスクとアジアの通商秩序』文眞堂,2023年10月刊行も参照されたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3181.html)

関連記事

清水一史

最新のコラム