世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4137
世界経済評論IMPACT No.4137

中国,供給過多と需要不足の原因と対策

岡本信広

(大東文化大学国際関係学部 教授)

2025.12.22

 中国経済は現在,長期的な成長の持続可能性を脅かす深刻な構造問題に直面している。それは「供給過多と需要不足」という不均衡である。盧鋒(北京大学)によれば,この問題は朱鎔基元首相の時代(1998〜2003年)から認識されていたものの,近年その矛盾が顕在化しているという。中国は供給能力の強化に公的資源を集中させてきたため,供給能力が急速に拡大した一方で,最終需要,とりわけ家計消費の伸びが追いついていない(Ji 2025)。

 人口経済学者である蔡昉(社会科学院)は,中国が直面している課題は,かつての供給側の制約から,現在は「需要側の制約」へと本質的に変化したと指摘する(Ma and Li 2025)。本稿では,消費不足の構造的要因,解決案を紹介する。

 消費不足の構造的原因は以下の3点に要約される。

第一に,GDPに占める家計消費の割合が著しく低いことである。蔡昉氏によると,現在の家計消費率は約39%に過ぎない(Ma and Li 2025)。これは,経済発展の段階に比して低い水準にある。

 第二に,極端な所得格差と社会保障の不備が「予防的貯蓄」を招いている点である。陳波(シンガポール国立大学)は,中国の異常に高い貯蓄率は,将来への不安からくるアイドリング資金であると指摘する(Zuo 2025)。その不安の根源は,都市と農村,職業間における社会保障の「二重構造」にある。盧鋒のデータによれば,公的部門の退職者が年平均7万〜8万元の年金を受け取る一方,農村部の高齢者(退職者全体の約55%)は年平均約2,000元(月額約200元)しか受け取っていない(Ji 2025)。Zuo(2025)でも,農村部の年金が月額平均244元(1日約1.1米ドル)であることが示されており,この格差が消費意欲を削いでいる。

 第三に,公的資源の配分構造である。盧鋒は,中国の公的部門が管理する資源はGDPの45%以上を占めると推定しているが,その大半は産業開発やインフラ投資(供給側)に向けられ,家計や社会福祉(需要側)への配分が相対的に不足していると分析する(Ji 2025)。杭州の幼稚園教諭助手である肖梅(Xiao Mei)氏の事例が示すように,一般労働者の賃金が伸び悩み,将来への不安が拭えない状況では,消費の拡大は望めない(Zuo 2025)。

 この構造問題を解決するために,専門家からは以下のような具体的な提言がなされている。

 まず,明確な定量的目標の設定である。蔡昉は,2035年までに「適度に発展した」国になるために,家計消費率を現在の約39%から約61%へ引き上げる目標を設定すべきだと主張する(Ma and Li 2025)。また,劉世錦(元国務院発展研究センター副主任)は,今後5年間で消費の割合を毎年少なくとも1%ポイントずつ増加させることを提案している(Ma and Li 2025)。

 次に,中所得層の拡大と人的資本への投資である。政府は現在約4億人の中所得層を今後10年で8億人に倍増させる目標を掲げている(Zuo 2025)。これを実現するためには,従来の物理的資産への投資から,教育,医療,保育,介護といった「人的資本」への投資へと軸足を移す必要がある(Zuo 2025)。

 そして最も根本的な解決策として,盧鋒は「資源配分の抜本的な見直し」を提言する。従来供給側に偏っていた公的資源の配分比率(例:供給側25%,福祉20%)を逆転させ,消費と社会福祉により多くの資源を向けるべきだと説く。具体的には,農村部の基礎年金を月額200元から1,000元程度に引き上げれば,限界消費性向の高い低所得層の消費行動は劇的に変化すると指摘する(Ji 2025)。また,蔡昉氏も,年金基金の枯渇を過度に懸念する「保険数理上の不安」を捨て,再分配による所得改善を優先すべきだと述べている(Ma and Li 2025)。

 中国経済が直面する「供給過多と需要不足」の問題は,単なる買い替え補助金のような短期的な需要喚起策では解決できない。GDPの約4割に留まる家計消費率,月額200元程度という農村部年金の低さ,そして公的資源の半分近くを供給側に投じる既存のシステムこそが,消費低迷の真因である。

 解決には,中所得層を8億人規模へ倍増させるための人的資本への投資,および資源配分の大胆な転換が求められる。供給主導から消費主導へのモデル転換は,経済政策であると同時に,社会保障制度や統治構造の改革を伴う政治的な課題でもあると言える。

[参考文献]
  • Ji, Shiqi (2025) Open Questions | Chinese economist Lu Feng on why the time is ripe for a consumption rebalance, South China Morning Post, 2025年11月17日
  • Ma, Sylvia. and Alice, Li (2025) Chinese economist calls on Beijing to add consumption target to long-term goals, South China Morning Post, 2025年11月19日
  • Zuo, Mandy (2025) 800 million: how China plans to double its middle-income population, South China Morning Post, 2025年11月17日
[備考]
  •  本稿の作成にあたっては,Gemini 3.0 Proを用いて記事の要約や内容の整理を行った。出力された文章に関して,批判的に検討し,筆者が修正,作成している。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4137.html)

関連記事

岡本信広

最新のコラム