世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3669
世界経済評論IMPACT No.3669

グローバリゼーションの行方と東アジア経済統合

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2024.12.23

 世界経済では,戦間期のブロック経済の反省を基に,第2次世界大戦後にIMF・GATT体制下で貿易自由化が進行し,貿易が大きく拡大してきた。貿易の拡大は世界経済の発展を支え,この状況下で日本,韓国,台湾も急速に経済発展した。更に1980年代に入ると,貿易に加えて投資の自由化が進み,国際投資(国際資本移動)が大きく拡大してきた。

 1985年のプラザ合意以降には,円高ドル安の影響で日本からASEANへ,後には中国への直接投資も急拡大した。その後,ASEANや中国は,輸出と投資を梃子に目覚ましい経済発展を成し遂げた。同時に1990年代初めからのアジアにおける冷戦構造の変化によって,カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム(CLMV)がASEANに加盟することとなり,中国も改革開放によって市場開放し,東アジア並びに世界経済の市場経済の領域が大きく拡大してきた。更に貿易・投資とともに技術や人の国際移動も拡大し,グローバリゼーション(あるいは経済の国際的相互依存)が展開してきた。アジア経済危機や世界金融危機も起こったが,その後もグローバリゼーションが拡大した。

 しかし2010年代後半から保護主義と米中対立が顕在化してきた。2017年1月にはトランプ氏がアメリカ大統領に就任し,アメリカは環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱した。これまで世界の自由貿易体制を牽引してきた通商政策を逆転させ,2018年からは貿易摩擦を引き起こした。他方,中国は報復関税をかけて,貿易摩擦が拡大した。2019年9月にもアメリカは中国向け措置の第4弾の一部を発動し,米中貿易摩擦は更に拡大した。アメリカでは,貿易だけでなく資本取引をも加えて,多くの対中国措置を採用してきた。

 2021年1月にはバイデン氏がアメリカ大統領に就任し,国際協調路線への回帰を示したが,米中対立は更に深まった。対中政策では,これまでの追加関税と対中制裁を続けてトランプ政権の対中政策が維持された。そして先端半導体等の先端産業を巡る規制が強化され,技術覇権と安全保障を巡る争いが拡大してきた。2025年1月にはトランプ氏が大統領に就任する。保護主義と米中対立は更に拡大するであろう。

このように世界経済は大きく変化しつつあり,これまで世界経済における貿易と投資の拡大下で急速に成長してきた東アジア経済にとって厳しい状況となっている。

 東アジアは世界経済における貿易投資の拡大下で急速な経済発展を遂げてきた。そして東アジアでは,ASEANを中心とした経済統合が貿易投資の拡大を促進してきた。1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)を推進し,加盟国も設立当初の5カ国から1984年にブルネイを加えて6カ国に,1990年代に冷戦構造の変化を契機にCLMV諸国が加盟して10カ国となり,東南アジア全域を領域とすることとなった。

 2003年からは,ASEAN経済共同体(AEC)の実現に向かい,2015年12月31日にはAECを創設した。AECは,東アジアで最も深化した経済統合となっている。AECでは,関税の撤廃に関して,AFTAとともにほぼ実現を果たし,貿易円滑化やサービス貿易の自由化,投資や資本の移動の自由化,熟練労働力の移動の自由化が進められてきた。インフラ整備や格差是正の取組もなされてきた。またASEANの経済統合政策は,企業の域内国際分業と生産ネットワーク構築を支援してきた。

 ASEANは,東アジアの地域協力・経済統合においても中心となってきた。東アジアではアジア経済危機への対策を契機に,ASEANを中心としてASEAN+3やASEAN+6などの地域協力が重層的・多層的に展開してきた。そしてASEANが広域の対話と交渉の場を提供してきた。またASEANを軸に5つのASEAN+1のFTAが進められ,2010年にはASEANと日本,中国,韓国,インド,オーストラリア・ニュージーランドとの5つのFTAが完成した。また2011年にはASEANが地域的な包括的経済連携(RCEP)協定を提案した。

 RCEPは2020年11月に署名され,2022年1月1日に先ずは10カ国で発効し,その後4か国でも発効した。RCEPは,地域的な貿易及び投資の拡大を促進し世界的な経済成長及び発展に貢献する,①現代的で②包括的な③質の高い④互恵的な経済連携協定である。RCEPは東アジアにとって大きな意義を有する。すなわち,世界の成長センターである東アジアで初のメガFTAかつ世界最大規模のメガFTAであり,東アジア経済に大きな経済効果を与えている。

 世界経済・東アジア経済は,グローバリゼーションあるいは貿易と投資の相互依存や国際生産ネットワークの拡大によって成長してきた。グローバリゼーションは成長に必要である。経済合理性に基づく経済活動が,成長をもたらすからである。

 しかし政治の論理・安全保障の論理が,世界経済・東アジア経済の成長を阻害する可能性がある。経済安全保障に関わるいくつかの機微な分野以外では,自由な貿易投資体制の維持拡大が必須であろう。

 世界で保護主義と対立が拡大する中で,成長する東アジアにおいて貿易投資を促進し新たなルール形成にも寄与するASEANやRCEPの経済統合は重要な役割を果たす。

 そして日本はASEANやアジアとの協力・連携を更に進める必要がある。日本は,世界のメガFTAの要でもある。現在の世界と東アジア経済の状況で,日本は重要な役割を有する。

 

付記:本稿に関しては,拙稿「グローバリゼーションと東アジア経済統合」『アジア研究』(アジア政経学会)最新号の第70巻第4号を参照されたい。なお,この論文は,同号の「特集:グローバリゼーションとその反転:アジアの半導体関連産業の事例を中心として」の7つの論文の一つである。是非,他の6つの論文も参照頂きたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3669.html)

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