世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.928

財政破綻国家の選挙は政策選択の場にはならない

熊倉正修

(明治学院大学国際学部 教授)

2017.10.09

 昨月末に衆議院が突然解散され,日本はふたたび選挙戦に突入してしまった。安倍晋三首相は消費税収の使途を国民に問うことが今回の選挙の趣旨だと説明しているが,本当の目的がそのようなところにないことは誰の眼にも明らかである。マスメディアも今回はさすがに首相の解散権乱用に批判的であり,与野党に責任ある政策論争を求めている。しかし残念ながら,今日の日本において国政選挙はまともな政策選択の場にはなりえない。

 筆者が以前のコラムで解説したように,日本の財政はすでに実質的な破綻状態にある。日本の一般政府債務の対GDP比はすでに200%を大幅に上回っており,財政破綻が顕在化したギリシャ以外の先進国の中でこうした巨額の公的債務を負っている国は存在しない。

 安倍首相は政府の負債から資産残高を差し引いた純債務の対GDP比はそれほど大きくないと主張するが,公的部門が巨額の債権と債務を同時に積み上げていることにこそ日本の病理が表れている。日本政府は税収があればすぐに使ってしまい,なくても借金して使ってしまう。与党政治家が自分の票田に大規模な利益誘導を行う場合,人目につきやすい一般会計を避けて特別会計から国債を発行し,それによって集めた資金を利用する。たとえばリニア新幹線の建設費用の融資はその典型例である。日本の公的部門にはこの種の資産が累積しているが,その中にはそもそも償還を予定していないものや簡単に取り崩せないものが多く,財政破綻を回避する上ではほとんど役に立たないだろう。

 現政権は「経済再生なくして財政健全化なし」のスローガンの下で放漫財政を続けているが,これは国民を欺く行為である。安倍首相は自ら掲げたプライマリー・バランス黒字化の目標を反故にして公的債務の対GDP比さえ上昇しなければよいという態度をとり始めているが,本来は経済成長率が高まれば金利も高まるため,経済が再生しても自然に財政が健全化することはありえない。現在のように政府と日銀が人為的に長期金利をゼロに抑え込んでいる間は「借金が借金を生んで債務が雪だるま式に増える」ことは回避できるが,これはサラ金から借金した人が無理やり無利子・無期限の借り換えを認めさせるのと同じであり,実質的には債務のリスケジュールである。

 安倍首相がそれでも財政は破綻していないと主張するなら,向こう50年程度の財政の見通しを示してみればよい。現時点で公表されている日本の財政見通しに関する資料は,内閣府が年二回とりまとめる「中長期の経済財政に関する試算」だけである。これは政府に対する拘束力を持たない参考資料にすぎない上に,向こう10年弱の短期間の見通ししか示していない。

 今日の日本では長期金利が名目経済成長率を下回っているため,既存の債務残高が多いほど公的債務の対GDP比が低下しやすい(!)というきわめて異常な状態にある(詳しくは前稿を参照)。しかしこうした状態が数十年間に渡って持続することはありえないし,それが望ましくもない。EUがすべての加盟国に公表を義務付けているような50〜60年の財政見通しを日本に関して計算すれば,将来の経済成長率に関してどのような甘い仮定を置いたとしても,消費税を30%に引き上げるとか現行の年金・医療給付を半減させるといった荒療治なしに債務・GDP比の発散を避けることができないことが明白になる。それにも関わらず「経済再生なくして財政健全化なし」などと言って面倒なことをすべて先送りしているということは,政府が本気で財政破綻を回避する意志を持っていないということであり,そうした政府はすでに実質的な破綻状態にあると見るべきである。

 2009年にいったん政権の座についた民主党の中には,このような無責任体制をどうにかしたいと考える人も(少数だが)含まれていたようである。しかし巨額の借金を負った会社の社長が交代してもできることが限られているのと同じように,国民の痛みを避けることと財政健全化を両立しようとする民主党の方針はあっという間に行き詰まった。現在は当時よりいっそう状況が悪化しているから,財政に関して責任感を持つ人は選挙に立候補しようとしないし,仮に現実的なシナリオを提示して立候補しても当選できるはずがない。それが財政破綻国家の選挙がまともな政策選択の場になりえないと述べた理由である。

 安倍首相は悲願の憲法改正を実現するためならどのような奇策や愚策も厭わないつもりなのだろう。首相が九条改正に固執する理由は「自分たちで自分たちを守ることができる(あるいはそれ以上の?)強い国家」になりたいということなのだろうが,財政破綻国家が「強い国家」であるはずがない。現時点で財政破綻が表面化していなくても,政府が放漫財政を続けていればいずれは外国の投資家や中央銀行が日本国債や円預金を本格的に処分し始めるだろう。国債の格付けが引き下げられるとその国の社債の格付けもそれと同じかそれ以上引き下げられるから,大企業であっても外貨の調達が困難になり,外国企業の傘下に入らざるを得ないものが続出する可能性がある。軍事的に強い国になるために自国の企業や国民の財産を安値で外国に売り渡すのは愚策以外の何物でもない。

 このコラムの執筆時点では与党と小池百合子氏率いる希望の党の一騎打ちにメディアの関心が集中しているが,消費税率引き上げの凍結を求める小池氏は安倍首相と同じかそれ以上の財政ポピュリストである。どちらが衆院選に勝利しようとも,私たちは彼らに「本当に財政は大丈夫なのか。何をするにもカネがかかるのだから,まず長期の財政見通しを見せろ。見せられないのならその理由を説明せよ。破綻しているのなら今すぐそれを認めて出直せ」と言い続けなくてはいけない。破綻状態のある会社を中途半端に延命させると責任の所在が曖昧になって債権者の被害が大きくなるのと同じように,破綻政府が破綻していない振りをするのを許していても国民が最終的に負う痛みが大きくなるだけである。

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