世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
特定扶養控除は廃止すべき
(明治学院大学国際学部 教授)
2024.12.30
野党躍進で浮上した所得税減税
昨年の衆院選で躍進した国民民主党が強行に主張していることから,今年度に所得税の減税が行われることが確実になった。本稿の執筆時点では,給与所得者の最低非課税枠を103万円から123万円に引き上げること,特定扶養控除の対象となる被扶養者の年収上限を103万円から150万円に引き上げることがほぼ確実になっている。
言うまでもなく,これらのうち税収への影響が大きいのは所得税の非課税枠の拡大である。しかしそれに関しては随所で論じられているので,ここでは特定扶養控除に関して議論したい。この制度にはもともと問題があり,今回の改訂でそれがいっそう悪化すると考えられるからである。
特定扶養控除は不公平
扶養控除とは,納税者の課税所得を計算する際,扶養親族の人数に応じて一定の金額を控除するものである。一般の扶養親族に関する控除額は一人当たり38万円だが,親族が19~22歳の場合,つまり大学生に相当する年齢の子どもを扶養している場合,63万円の控除が認められている。
この制度は二つの点で不公平である。第一に,子が19~22歳でも就労して103万円超の年収がある場合には利用できない。子がすでに独立している場合だけでなく,家計を助けるために学校に通いながら103万円超の収入を得ている場合にも適用されない。
第二に,所得税額の計算に超過累進税率が適用されることから,所得が多く担税力が高い人ほど減税効果が大きくなる。たとえば,課税所得が500万円の人の減税額は63万円×20%=12.6万円に留まるが,課税所得が4,000万円超なら63万円×45%=28.35万円の減税となる。今回の改訂では納税者本人の基礎控除や給与所得控除も増額されるため,こうした逆進性が二重に強化されることになる。
学習時間がアルバイトの時間より短い学生は少なくない
稼得力が乏しい18歳以下の子どもの扶養控除が38万円なのに19~22歳の控除額が63万円とされているのは,高等教育機関の学費が高く,家計への負担が重いことに配慮したものだろう。
しかし最近は授業料と生活費の両方が支給され,返済の必要もない奨学金を得て大学や専門学校に進学する若者が増えている。こうした奨学金には世帯所得の制限があるが,奨学金の原資は税金である。高卒後すぐに就労した人はこうした奨学金の恩恵に預かれないだけでなく,逆にそれを支える側に回る。彼(女)らの両親も控除を受けられずに納税額が増える。大学生や専門学校生の中には,両親から103万円以上のアルバイト収入を得ないように注意されている者が多いようである。しかし学生が年末に就労調整をして働かなくなると,接客業などで人手が回らなくなる。今回,特定扶養親族の年収上限を一気に150万円にまで引き上げる理由もそのことにあるのだろう。
しかし文部科学省の2022年の調査によると,全国の大学の二年生と四年生のうち,一週間のアルバイト時間が16時間以上の者はそれぞれ25.0%と28.8%だった。また,二年生と四年生のうち,一週間の授業の出席時間が15時間以下の者はそれぞれ31.3%と86.1%である。アルバイトに割く時間が増えると,その分だけ学業の時間が減少する可能性が高い。
大学生のうち,学習時間が短くアルバイト時間が長いのは文系学生,特に就職活動を終えた四年生である。そうした学生でも卒業できるのは大学が甘いからだと言われそうだが,就活が終わっても大学に戻って勉強しないのはもともと学問への関心を欠いている証拠である。そうした学生にとって四年間の就学はムダであり,奨学金や両親の所得控除などによってそれを奨励することは賢明でない。
大人になりたがらない若者
積極的に学びたいことがないのに大学に進学する若者が多い最大の理由は,大卒の肩書がないと就職に不利になりやすいからだろう。しかし高校卒業とともに自立するより,親の庇護の下でのんびりと学生生活を送りたいと考えて進学する者も少なくないはずである。
日本では2022年に成人年齢が18歳に引き下げられたため,高等教育機関に通う若者は法的には全員が大人である。しかし筆者が大学生に「君たちは自分のことを大人だと思うか」と尋ねると,「思わない」と答える者が多い。「なぜ思わないか」と聞くと,多くの学生が「経済的に自立していないから」と答える。
成人年齢が引き下げられたことを良いことだと思うかと尋ねても,多くの学生は「思わない」と答える。その理由として,自分たちはまだ子どもで社会のことをよく知らないから,と言う学生が多い。もちろんそうした若者ばかりではないが,政府のアンケート調査においても日本の若者が社会参加にきわめて消極的なことが示されている。
大学生のこうした反応から透けて見えるのは,大人になる日をできるだけ先延ばししたい,大人としての責任をできるだけ回避したいという希望である。こうした願望を持つ若者にとって,大学進学は「子どもにとどまる権利」を買う行為に近い意味を持っている。大学生を高校生以上に子ども扱いする特定扶養控除は,そうした若者にそれで構わないと言っているようなものである。
若者が大人になることを後押しする社会制度を
大人になりたがらない若者に寛容な制度や慣習は他にも存在する。たとえば,大半の自治体は成人年齢引き下げ後も20歳になった者を対象に成人式を実施している。そこに色々な事情があるとはいえ,本来なら18歳になった時点で「あなたたちはもう子どもではない」という強いメッセージを送るべきだろう。
実家を離れて一人暮らしをする大学生の中には,故郷で成人式に出席することを理由に移動先に転入届を出さない者が多い。こうした若者は,法的義務や選挙の投票の権利より子ども時代の人間関係の方が大切だと宣言しているようなものである。子どもに巣立たれることを嫌がる両親がそれを歓迎するケースも少なくないようである。
大学生を子ども扱いする特定扶養控除を逆の効果を持つ制度に作り替えることは難しくない。筆者の試算によると,特定扶養控除を全廃すると3,000億円前後の税収増が見込める。それを原資として新成人に一律の祝い金を支給し,同時に「これは大人になるための支度金です。これからは自分で自分の人生に責任を持って下さい」というメッセージを送ってはどうだろうか。
今日の18歳人口は100万人を僅かに上回る程度なので,単純計算で一人当たり30万円の祝い金を支給することができる。高等教育機関に進学する人は入学金等に充てることができるし,実家を離れて働き始める人が住まいを借りて新生活を始める資金にすることもできる。高所得の親は増税になるが,彼(女)らはそもそも減税の対象にすべき人たちでない。低所得の家庭にとってはネットの収入増になるので,再配分政策としても優れている。
最近は一部の野党が大学生の学費無償化を強く訴えているが,こうした政策は思慮を欠いたポピュリスト政策である。低所得世帯の若者には一定の支援が必要だが,高卒後ただちに働き始めるより進学する方が経済的に圧倒的に有利になるような政策は好ましくない。
大学生に奨学金を支給する場合も,入学当初は給付を多めにし,学年が上がるに従って貸与の割合が増えるようにすれば,学生たちに大人としての自覚を促すことができるだろう。若者を子ども扱いするバラマキ政策を推進する政治家は,それが日本の将来にとって本当に望ましいかどうかをよく考えるべきである。
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熊倉正修
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