世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3198
世界経済評論IMPACT No.3198

高等教育の費用は誰がどのように負担すべきか

熊倉正修

(明治学院大学国際学部 教授)

2023.11.27

 政府が11月2日に閣議決定した「デフレ脱却のための総合経済対策」の目玉は減税と給付金だが,他にも色々な施策が盛り込まれている。

 岸田内閣は少子化対策に力を入れており,「総合経済対策」も人口減対策に1章を割いている。そこには,6月に発表した「こども未来戦略方針」をもとに子育て支援を加速させると書かれている。

 「こども未来戦略方針」では高等教育費の負担軽減が重視されている。具体策として,来年秋に大学生や専門学校生向けの給付型奨学金が拡充され,大学院生を対象とした所得連動型の奨学ローンも始動する。

 今回の総合経済対策には,ひとり親世帯の子どもの大学受験や模擬試験の費用を補助することも盛り込まれた。これは東京都などが実施している政策を全国展開するものだ。

 確かに,塾代や大学の授業料は家計の大きな負担になっている。政府が給付金や低利のローンを提供すれば,子育て世代の生活支援になることは事実である。

 しかし教育が人的投資である以上,格差対策や少子化対策の視点のみから支援策を論じることは好ましくない。高等教育の費用は誰がどのように負担すべきだろうか。

 負担者の候補として考えられるのは,本人,家族(両親),政府(自治体を含む)である。これまで,英米などのアングロ・サクソン諸国は本人負担,日本や韓国は親負担,欧州の大陸諸国は政府負担だと言われてきた。しかしこの類型はやや古くなりつつある。

 アメリカで本人がローンを組んで進学するケースが多いことは事実だが,親が学費の相当部分を負担したり,ローン返済を肩代わりしたりするケースも増えている。その最大の理由は学費の高騰である。アメリカの大学の授業料は先進国の中でも突出して高く,教育ローンの残高が160兆ドルに上る。

 日本は伝統的に親負担主義だったが,学費の高騰が進む中,日本学生支援機構(JASSO)の奨学金を得て大学に進学する人が4割前後に達している。他の奨学金を得ている人も多い。

 西欧諸国の多くは学生から授業料を徴収せずに政府が費用を負担してきたが,これらの国々も揺れている。ドイツでは州政府が教育政策の権限を有するが,授業料を導入しようとするたびに学生の反発によって押し返されている。

 教育にはもともと投資と消費の側面があり,人件費が高い先進国ではそのコストも高くならざるをえない。したがって政府と本人,家族のいずれかだけに費用を負担させることは現実的でも望ましくもなく,適切な分担方法を考える必要がある。

 本人負担と親負担にもそれぞれメリットとデメリットがある。本人に負担させれば当事者意識を持たせやすいが,若者が将来のローン返済の負担を想像することは難しい。返済が長引けば結婚や出産にも悪い影響が出るだろう。一方,親負担だと真剣に学ばない可能性があるだけでなく,家庭の経済力によって就学機会が制約される。

 政府が支援を行う場合,機関補助と個人補助の二つの方法がある。これらの区別も重要だ。

 日本政府は大学に対する交付金や補助金を削減しながら奨学金を拡充している。つまり機関補助を削って個人補助を増やしている。こうした政策は大学の競争を促して教育の質を高めると考えられがちだが,逆の効果を生む可能性もある。

 国民の持ち家促進のために政府が住宅購入資金を補助すると,多くの国民はより高価な住宅を購入しようとする。つまり個人補助は不動産の相場を引き上げる効果を持つ。これは教育に関しても同じである。

 アメリカの大学の授業料がこれほど高くなってしまった最大の理由は,個人補助(といってもローンだが)一本やりの政策を続けてきたためである。日本でもJASSOの奨学金がなければ,大学や専門学校は授業料の引き上げにもっと慎重になっていただろう。

 今日の日本の高等教育が均しく財政支援に値するものであるかも冷静に考える必要がある。

 1990年代以降,日本では少子化が加速する中で大学の新設やカリキュラムが自由化されてきた。その結果,大学進学者が急増し,大学も専門学校も若者受けする課程やコースを次々と作って入学者を奪い合うようになった。

 若者は人生経験が不足しているので,社会的需要や長期的な自分の利得をよく考えて専攻を選択するより,平易で抵抗感が小さい分野や現在の自分が惹かれる分野を選択しやすい。

 その結果,製菓や旅行ビジネスのコースには学生が集まるが,介護や福祉のコースの多くは定員割れしている。同様に,ハードな理系学部の人気が凋落する一方,何を学ぶのかが判然としない「○○教養学部」や「総合○○学部」が乱立している。

 また,最近は看護や保育,美容などの資格教育の場が専門学校や短大から四年制大学に移行する傾向が顕著である。政府は2017年に実践的な職業教育を目的とした専門職大学の制度を導入したが,これまでに設立された大学のコースの中には既存の専門学校の教育とよく似たものが多い。二年間で習得できる内容を四年間に引き伸ばすことは本人にとっても社会的にも無駄である。

 岸田首相が進めている受験費用の補助や奨学金拡充は若者を高等教育,とりわけ四年制以上の大学に誘導する効果を持つ。全員が大卒になれば非大卒者の差別はなくなるが,そうした社会が望ましいと考える人は多くないだろう。政府はいつまでも学校に留まろうとする若者ではなく,真剣に学んで社会に足がかりを得ることを目指す若者を支援すべきである。

*本稿テーマに関連する詳細な論考は,「大学教育に対する財政支援と奨学金制度のありかた」(世界経済評論インパクトプラス No.26)を参照ください。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3198.html)

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