世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.878

「等身大の日本」がよい

今井雅和

(専修大学 教授)

2017.07.17

 私は日本人である。そして,日本が大好きである。誇らしく思うことも多いし,それを世界に発信したいとも思う。20世紀の後半は,日本や日本人の特徴が長所となり,結実したことが多い。21世紀に入ると,同じことが短所となり,結果が伴わなくなることも多いように思う。多少の勇気で,仕組みを少し変えるだけ,結果が変わることも多いのではないか。いずれにせよ,日本は日本であり,長所も短所もある国の一つである。「等身大の日本」を意識し,それを前提に物事を考えたい。

 最近,大学生との問答で,次のようなやりとりがあった。日本企業が自社の製品やサービスをアジアなどの他国で販売する際に,どのようなプロモーション施策が有効かという問いであった。これに対して,何人かの若者たちは,日本企業であること,あるいは日本製であることが分かるようにすることで,「品質」をアピールでき,拡販につながると解答した。むろん,乱暴な問いかけであり,産業,企業,製品・サービス特性,販売先などを限定しないと,実りある議論にはならない。ただ,ここでは,学生たちが,アジアなどでは,日本製や日本品質に対する評価が高く,それが販売に直結すると考えている点に注目しておきたい。

 しかし,上記のような学生たちの考えに賛同するする人は少ないであろう。世界経済において「アジアといえば日本」という時代は過ぎ去った,拡販の成功例はそれほど多くない,品質を訴求できたとしても他の要因との組み合わせが重要である等々,反論可能であろう。若者の不勉強を嘆くこともできよう。しかし,なぜ彼らがそうした意見を持つようになったのか,そのあたりを考えてみたい。

 近年のさまざまなメディアの論調を思い起こしてみると,「他国の躍進と日本の停滞」に関するもの,もう一つは日本の優れた面を強調する発信が多いのではないか。マーケティングの文脈でも,日本製の品質の高さがアジアの国々で評価されているとの報道も多い。もしもそうだとすると,断片的にこれらの情報に接する若者が,「日本」を示唆すれば拡販が可能と考えたとしても,それは無理からぬことといえる。

 少し,時代を遡ってみよう。1980年前後までは,日本は遅れていてダメだ,欧米を見習うべしという論調が主流であった。それが,1980年代から世紀の変わり目前にかけては,日本が世界の先端を行くかの主張が強まったのではないか。そして,今世紀に入ってからは,日本の良さを訴える議論が大幅に増えたように思われる。もちろん,それらが誤っているというのではない。江戸時代が世界に冠たる文化国家であったこと,他者へのシンパシーの高さ,優しい日本人像,農産物や日本製品の品質の良さなど,すべて正しい。日本人として知るべきこと,誇るに足る事柄であろう。

 しかし,こうした日本礼賛的論調の背景に,世界のなかの位置づけの低下や新興国の躍進に伴う自信喪失があるとするならば,それは大きな問題ではないか。若者たちへの誤ったメッセージになるというだけでない。日本人,日本企業,そして日本という国家が世界の中,アジアの中でどのような位置を占め,今後どのようにすべきなのかということを考える際の誤ったバイアスとなるのはないか。容易なことではないが,他国や世界の動きを冷静に見つめ,日本を相対化することで「等身大の日本」を理解するしかない。

 日本人や日本に対するバッシングやパッシングに対し,溜飲を下げるための自己礼賛であれば,あまりにも情けない。少なくとも,日本の良さだけを強調するような論調には注意を払いたい。日本人のみならず,外国人がそうした風潮に便乗しているのではないかと感じられる書籍も散見される。これから夏本番であるが,せめてクールヘッドでありたいものである。

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