世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3852
世界経済評論IMPACT No.3852

北朝鮮の対露接近:模索する恒久的二国間関係

上澤宏之

(国際貿易投資研究所 客員研究員・亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.06.02

 「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国家首班の命令に基づき,(ロシア)クルスク地域解放作戦に参戦したわが武力区分隊(軍部隊)は,高い戦闘精神と軍事的気質を余すところなく誇示し,大衆的英雄主義と無慈悲の勇敢性,犠牲性を発揮し,ウクライナ新ナチス勢力をせん滅し,ロシア連邦の領土を解放する上で重大な貢献を果たした。(中略)わが国の誇らしい息子らの英雄性を称賛し,わが首都(平壌)に間もなく戦闘偉勲碑が建立されるであろうし,犠牲となった軍人らの墓石の前には祖国と人民により永生祈願の花がそえられるであろう」。

 これは北朝鮮の朝鮮労働党中央軍事委員会が4月27日,自国軍のロシア派兵と同クルスク州での戦闘参加を初めて公に明らかにした「立場文」の一節である。北朝鮮軍兵士約1万5千人がロシア・クルスク州での戦闘に参加し,約4,700人が死傷(うち約600人が死亡)したことが伝えられる(韓国・国家情報院推定)中,北朝鮮がなぜ犠牲を覚悟してまでロシアに派兵したのか筆者なりに本稿で整理してみたい。

 第一は,戦争特需を通じた経済再建が挙げられる。上記「立場文」では,露朝がプーチン大統領の訪朝(2024年6月)を通じて締結した「包括的戦略的パートナーシップ条約の第4条(相互防衛条項:双方のいずれか一方が個別の国家または複数の国々から武力侵攻を受けて戦争状態に直面した場合,他方は国連憲章第51条と朝鮮民主主義人民共和国とロシア連邦の法に準じて遅滞なく自己が保有しているすべての手段として軍事的およびその他の援助を提供する)の発動に該当するとの分析と判断に基づき,わが武力(軍隊)の参戦を決定しロシア側に通報した」と北朝鮮側のイニシアチブによりロシアへの派兵を決定したことを明らかにしている。これは朴正煕(パク・チョンヒ)政権下の韓国がベトナム戦争に派兵(1964~73年の間に延べ約32万人を派兵。うち約5千人が戦死)した状況と酷似している。つまり,派兵に際しては米国側の派兵要請を受け入れたかたちとなっているが,それ以前から朴政権側が経済援助の獲得に向けて米側に派兵を打診していたことが伝えられている。当時,経済的困窮にあった韓国が派兵の代償として受け取った米国からの多様かつ膨大な経済援助を基に急速な経済発展を成し遂げたのは歴史的事実として広く知られている。こうした韓国の成功体験を北朝鮮も鮮明に記憶していたことは想像に難くない。特に,対外貿易のほぼ全てを依存している中国が国連安保理の対北制裁に参加している中,北朝鮮がロシア,すなわち「ウクライナ特需」に脱制裁と経済発展の活路を見いだしたのは当然の帰結であった。

 こうした中,北朝鮮の朴泰成(パク・テソン)総理は4月30日,露朝国境の豆満江にかかる自動車橋の建設着工式での祝辞を通じて「歴史的な(2024年6月の)朝露平壌首脳会談後,二国間交流と協力があらゆる分野において更に活力をもって拡大発展し,両国人民の福利厚生に貢献する共同計画が実行に移されている。朝露国境自動車橋の建設は新たな全面的発展軌道に入った両国間の包括的戦略的パートナーシップ関係の万年の土台を固める上で寄与する」と述べた。朴総理の発言は,安全保障から経済,文化分野に至るまでの多方面に及ぶ二国間協力を謳った同条約が,経済制裁下の北朝鮮にとって起死回生に向けた絶好の機会となったことを改めて印象づけるものであった。

 そして第二は,体制維持に向けた安全保障の確保が指摘される。5月9日,対独戦勝利80周年を祝賀して平壌のロシア大使館を訪れた北朝鮮の最高権力者である金正恩(キム・ジョンウン)総書記は「仮に米国と西側の手下が,われわれの兄弟国家ロシアに対する軍事的侵攻を放棄せず,再び攻撃を敢行すれば,私は必ず朝露条約の諸般条項と精神に基づき,敵の武力侵攻を撃退するための武力使用を躊ちょなく命令する」と演説した。金総書記の発言から露朝両国間の相互防衛を謳う包括的戦略的パートナーシップ条約の第4条に実効性を持たせたいという大きな望みが込められていたことがうかがえる。言い換えれば,金総書記として,米国との対決に向けてロシアを後ろ盾にした「多極化」世界の構築に積極的に加わることで,自らの体制保証を固めたいという意図があったといえよう。このことは北朝鮮の朴英一(パク・ヨンイル)軍総政治局副局長が4月30日,モスクワで開催された第3回国際反ファシスト大会に出席し,「わが政府(北朝鮮)は朝露間の包括的戦略的パートナーシップ条約に則り,支配と隷属,覇権のない自主的かつ正義による多極化した世界秩序樹立のための闘争でロシアとの戦闘的団結と連帯,連合を更に強化していく」と演説したことからも読み取れる。北朝鮮としては「多極化」世界と「新冷戦」構造の下,ロシアとの一体化を通じて経済発展と安全保障の二つを同時に追求しようという思わくがあるものとみられる。

 ここで気になるのは北朝鮮がロシアから得るとされる見返りがどのようなものになるのかということである。韓国政府系シンクタンクの国防研究院が2025年4月,北朝鮮によるロシア支援が弾薬供給等で約27兆4,000億ウォン,派兵で約4,000億ウォン,ロシアによる対北軍事技術支援で約9,000億ウォンの計28兆7,000億ウォン(約2兆9,700億円,約205億米ドル)に上るとの推算額を公表した。北朝鮮の対ロシア支援が純粋な商業ベースに基づく等価交換となるかは定かではないが,最近の露朝の緊密化を見る限り,将来的に大規模な経済的見返りが北朝鮮に与えられるのは間違いないといえよう。既に北朝鮮の防空網や電子戦の装備,空対空ミサイル,イージス護衛艦等の軍事分野でロシアからの技術移転の進展が指摘されている中,今後の関心は具体的に北朝鮮がどのような経済支援を得られるかに移っている。北朝鮮としては,朴泰成総理が前掲祝辞で「両国間の包括的戦略的パートナーシップ関係の万年の土台を固める」と指摘しているように,一過性(戦争特需)ではない,中長期的な観点から国家建設プロジェクトを推進したい意向があるとみられ,ロシアの恒久的な関与に基づくインフラ支援を求めている可能性が高いと考えられる。

 他方,ロシアに目を向けると,アレクサンドル・マツェゴラ駐北朝鮮大使がイズベスチア紙とのインタビュー(5月10日)で「今年(2025年),露朝両国のハイレベル代表団が幾度も相互往来するであろう。特に,8月15日の光復(解放・終戦)80周年,10月10日の朝鮮労働党創建80周年に際して重要な交流が行われる」と指摘した上で,「露朝包括的戦略的パートナーシップ条約の締結により協力していない分野を見つけるのが難しいほど協力が強化された」と強調した。振り返ると,ロシアは2012年9月,北朝鮮が旧ソ連時代に負っていた債務約110億ドルを大幅に減額することで北朝鮮と合意した経緯がある。減額額は約99億ドルに及び,残額の11億ドルについては,医療やエネルギー等の両国共同プロジェクトへの再投資を決めるなど,北朝鮮との経済協力に高い関心を示してきた。このことからロシアは,旧ソ連時代のように有償資金協力と無償資金協力を併用して,自らが主導するかたちで北朝鮮の老朽化した経済インフラの現代化に向けたプロジェクトを進める公算が大きいといえる。

 金総書記は最近に入り,第2経済委員会(軍需経済部門)傘下の「重要軍需企業所」を視察し,「砲弾生産実績を平年水準の4倍,最高生産年度水準の約2倍に引き上げる」(「労働新聞」5月7日付。視察日報道なし)と強調した。この発言から北朝鮮がロシアによるウクライナ侵略の後押しを止める気配は一向に感じられない。北朝鮮としては上述したロシアからの見返りを最大限,そして確実に引き出すべく,この先長きにわたってロシア派兵による「血の代償」を内外に繰り返し誇示していくことになるであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3852.html)

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