世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2313
世界経済評論IMPACT No.2313

GVC(グローバルバリューチェーン)はどこに向かうのか

今井雅和

(専修大学 教授)

2021.10.11

 「100年に一度の出来事」が数年ごとに起きる昨今,長期の予想は難しい。それはあまり意味のないことなのだろうか。必ずしもそうとはいいきれない。過去が現在の認識に基づく過去であるとすれば,現在の目を通して,将来を見据えることで,今をより正確に理解できる。ケインズは「長期的にみると,われわれはみな死んでいる」といったそうである(注1)。確かに,「嵐の最中に嵐が過ぎれば波が静まる」というだけでは無意味である。5年後,10年後,20年後を見据えつつ,足許の現実を直視し,対応することが肝要なのである。

 国際ビジネス研究学会(白木三秀会長・早稲田大学教授)の年次大会が近づいている。11月6日(土)7日(日)である。専修大学の会場とオンライン併用のハイフレックス開催に向け,準備してきたが,緊急事態宣言が9月末まで継続され,残念ながら,今年も完全オンラインでの開催と決まった。

 初日の統一論題は「グローバルバリューチェーン(GVC)はどこに向かうのか」である(注2)。登壇者は,本学会から新宅純二郎教授(東京大学),井口知栄教授(慶應義塾大学),そして藤田正孝氏(国際機関日本ASEANセンター前事務総長),川上桃子博士(アジア経済研究所地域研究センター長),チエリー・マイエール教授(仏パリ政治学院),ピーター・バックレー教授(英リーズ大学)である。論客6名による研究報告と特別講演,そしてパネルディスカッションによって,このテーマに多方面からアプローチすることになっている。非会員の方々にも開放される。詳しくは同学会のウェッブサイトを参照されたい。この機会に,グローバル・バリュー・チェーンの将来について考えてみたい。

 2000年代に,ヒト,モノ,カネ,情報の国境を越える移転が進展し,高度なバリューチェーンが構築されるようになった。この「第2のアンバンドリング(R. Baldwin)(注3)」を可能にしたのは,運輸通信技術の進展と経済活動の自由化であり,東アジアを中心に新興国の経済発展と世界経済の成長に寄与した。

 しかしながら,2010年代に入ると状況は大きく変わる。世界の経済成長率,海外直接投資(FDI),国際貿易の伸びが鈍化したのである。年平均のGDP成長率は2000年代の7%から2010年代の3.1%へ,FDIは8%から0.8%へ,貿易は9%から2.7%へ下落した(注4)。輸出額に占める外国由来の付加価値比率も低下した。コロナ以前から,GVCの変容はすでに始まっており,現在進行形なのである。

 1つに政治要因(日中,中韓,米中の政治経済摩擦)を挙げることができる。たとえ平時は経済が政治を規定する傾向が強いとしても,国際環境に揺れが生じれば経済は政治に翻弄される。各国が経済安全保障をより重視するようになり,国際ビジネスも対応を迫られたのである。

 もう1つ,2010年代は新興国市場の経済成長が量的のみならず,中国を典型に質的な変化が明らかになった点である。中国の輸出額に占める外資系企業の比率は2005年の6割弱から2019年には4割を割り込むようになった(注5)。OECDの付加価値貿易統計によれば,2005年から2016年にかけて,中国の輸出に占める外国由来の付加価値は26.3%から16.6%へ,うちICT/エレクトロニクス関連財は43%から30.5%に下落した。『日本経済新聞(2021.8.31)』によれば,制裁によって,ファーウェイのスマホ(Mate40E)の国内調達率は6割へ急上昇しているという。こうした変化は,かつての先進国と新興国間の分業という単純な図式からの転換を意味する。GVCの変容と中国経済の高度化は相互に原因であり,帰結でもある。

 2020年代を見据える際に,デジタル化,自動化,3D印刷などの技術革新がGVCにおよぼす影響についても考慮しなければならない。これらの技術革新によって,GVCが進展するのか,それと本国回帰や近地生産への移行など,新たな動きが強まるのか。さらに,地球環境や社会問題解決に向けた取り組みがこれまで以上に求められるなか,GVCはどうあるべきかといった,国際世論と各国の政策が国際ビジネスにおよぼす影響についての議論も欠かせない。そして,2020−21年のパンデミックが世界をどのように変えるかは未だ見通すことが難しい。しかし,変化は急で,10年後と思われていた世界が1−2年後に姿を現すであろうことは確実である。

 中国では2017年にサイバーセキュリティ法,そして今年データセキュリティ法と個人情報保護法が施行され,データ関連基本法が出揃った。国境を越えるデータ移転について,原則自由の米国と原則禁止の中国と好対照をなす(注6)。『世界経済評論』2021年5/6月号で特集が組まれ,国家によるデータ管理の強化が輸出管理におよぼす影響と中国に進出する外国企業に対する域外適用に関する論文(注7)と多国籍企業の在中研究開発センターのデータや研究成果の国外持ち出し制限やセンシティブ技術の輸出規制についてのエッセイ(注8)が掲載された。中国での研究開発活動をどのように考えるか,企業は再考が必要かもしれない。単なるサプライチェーンに留まらず,研究開発を含むバリューチェーンのグローバルの配置についての再検討の時期に来ているのかも知れない。

 将来の予測は筆者の能力を超える。ただ,米中の関係について,ほぼ確実と思われる点を確認しておきたい。1つは,中国の経済成長と国際政治におけるプレゼンス拡大が当面続くことは間違いなさそうである。2つは,このことと関連し,軍事衝突に至る可能性は低いが,「トゥキディデスの罠」が示唆する,従来の覇権国家(米国)と台頭する新興国家(中国)の対立は当面続くものと思われる。その結果として,21世紀に入り進展したシングルスタンダードのグローバル経済は変容せざるを得ないのではないだろうか。むろん,かつての冷戦時代と異なり,世界が二分される事態には至らない。ただ,特定の産業,製品・技術のなかで,2つのスタンダードが併存する世界ができるかもしれない。問題はその範囲がどの程度になるかである。GVCはこうした動向に敏感に反応せざるを得ない。

 GVCについての若干の検討をマクロレベルで論じてきたが,国際ビジネス研究の文脈では,このことを受け,GVCの組織構造と企業戦略がどのように形成され,どのように進化しているかについての研究が進んでいる(注9)。冒頭で紹介した国際ビジネス研究学会の大会でも,日本企業のグローバルなものづくりと危機対応,非出資型(NEM)国際生産,ロジック半導体のGVC,東南アジアのGVC,欧州の視点,そして多国籍企業の短期,長期,超長期の対応などについての問題提起がなされ,活発な議論が交わされる。

 非会員のみなさまの参加を歓迎致します。議論にご参加戴ければ幸いです。

[注]
  • (1)根井雅弘(2017)『ケインズを読み直す』白水社。
  • (2)2日目は,韓国国際ビジネス学会と欧州国際ビジネス学会のセッション,2つのフォーラム,フェロー講演,それに29の自由論題の研究発表が組まれている。
  • (3)キーワードはフラグメンテーション(生産工程の分割と国境を越えた配置)とアグロムレーション(特定機能・工程の地理的集中)である。変革が必要な場合,前者は主に自社内の問題ゆえ,効率性を若干犠牲にし,次善策を用意できれば,機能しそうである。後者は,多数の企業によって形成される生態系であり,次善策を用意しにくい絶対優位が基礎となり,改変は容易ではなく,時間がかかる。
  • (4)UNCTAD, World Investment Report 2020, pp.123-4.
  • (5)小林琢磨(2021)「中国製造業の国際競争力」比較経済体制研究会・第40回年次研究大会,8月28日。
  • (6)中国が先般加盟申請したTPPは国境を越えるデータ移転の原則自由を謳い,国営企業の扱いとともに,加盟審査の最大の障害になると思われる。
  • (7)須田祐子(2021)「国境を越えるデジタル・データの流通と規制」『世界経済評論』2021年5/6月号。
  • (8)細川昌彦(2021)「企業は経済安保にどう備えるか」『世界経済評論』2021年5/6月号。
  • (9)Kano, Liena, et al. (2020), “Global value chains: A review of the multinational disciplinary literature,” Journal of International Business Studies, 51, 577-622.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2313.html)

関連記事

今井雅和

最新のコラム