世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1660
世界経済評論IMPACT No.1660

水島臨海鉄道「顧客の創造」の取り組み

今井雅和

(専修大学 教授)

2020.03.16

 過日,岡山県の水島臨海鉄道を訪問する機会を得た。地方の鉄道会社が利用者(鉄道を手段とする人々)の声に耳を傾け,旅客増を目指す一方で,鉄道の利用自体を目的とする人々の需要を掘り起こそうとする取り組みの一端を紹介する。P.F.ドラッカーのいう,企業の目的としての顧客の創造(注1)について考える一助としたい。

 同社は全国に10社ある貨物輸送に従事する臨海鉄道の1つであるが,茨城県の鹿島臨海鉄道とともに,貨物輸送のみならず旅客輸送も手掛けている(注2)。同社の前身は1943年開業の旧三菱重工業水島航空機製作所の専用鉄道であり,現在はJR貨物と倉敷市が2大株主の第3セクターである。1970年の営業開始から半世紀が過ぎ,今年4月には50周年記念イベントを計画している。

 貨物事業は,水島コンビナートに立地する各社工場から同社の貨物専用駅と岡山のJR貨物ターミナル経由で製品を全国に輸送する。近年のコンテナ輸送量は年間約40万トンで黒字とのことであるが,機関車などの更新時期が迫っていることと,輸送力の確保が課題であるという(注3)。

 旅客事業は,JR倉敷駅に隣接する倉敷市駅から水島コンビナートの三菱自工前駅までの10キロあまりを10駅体制で34往復を運行している。年間のべ180万人が通勤通学などに利用する地域の足となっている。

 20世紀後半の高度経済成長と安定成長から21世紀の低成長の時代へとあらゆることが様変わりしている。産業と人々の生活を支えるインフラ事業はその典型かもしれない。鉄道事業も工業生産の規模拡大に伴う輸送物量増と住民人口の増加による利用者増によって,安定的な収益拡大が期待できた。この時代は何よりも安全運行が重要で,安定的な運行が実現すれば収益増につながった。もちろん,現在においても,安全第一であることに変わりないが,需要の自然増が望めないなか,いかに需要の掘り起こしを図るかがもう1つの重要な経営課題になっている。

 同社代表取締役西山賢治氏は沿線住民との結びつきを深めることが重要で,そのことが鉄道利用の拡大につながるという。ただ,設立以来,幹部社員に鉄道貨物会社からの転籍者や出向者が多かったこともあり,他社と比べて旅客サービスの経験が充分でなかったとして,JR西日本,富山ライトレール,銚子電気鉄道などを訪問して旅客事業の取り組みについて話を聞くことで,鉄道利用促進につなげようとしている。また,営業企画部門に登用された女性社員を中心に新たな企画を実行に移しているという。以下では,そうした近年の取り組みを紹介する。

 まずは,現在の利用者の要望に耳を傾け,利便性を高める取り組みである。駅の美化のために,社員が総出でホームの壁を磨いたり,ベンチを更新したりしている。主要駅に待合室を設置することで利用者の利便性を高めることができた。こうした取り組みを通じて,利用者から社員への声掛けも増え,乗客と社員の距離がより近くなったという。50周年事業の一環として,50周年記念カラー車両の走行,記念イベントの開催なども検討しているとのことである。

 次は,地域の住民との結びつきを強め,将来に向けて鉄道利用につなげてもらおうとする活動である。年4回の季節列車(七夕列車,ハロウィン列車,クリスマス列車,雛列車)の運行は,沿線の子どもはもちろん大人にも鉄道に親しんでもらうためのイベントである。社員全員がデザイン缶バッジをつけることで,利用者からの反響を大きかったという。「臨鉄ガーデン」の催しは,外部の力を借りて,主要駅に定期的に飲食,音楽,買い物を楽しむナイトマルシェを開設する施策で,今や人気イベントとなった。ほかにも,JFEスチールの製鉄所と車両メンテナンス工場の合同見学会など,水島工業地帯の企業と各種イベントを共催している。これらは,地域内ではあるものの,現在は日々乗車していない住民に鉄道に親しみをもってもらい,新たな利用者になってもらおうという取り組みである。

 最後は,沿線外部から,鉄道利用を目的に来訪する人々を誘引するための企画である。秋の鉄道の日を記念したイベントはその最たるものである。昨年は,倉敷市駅と水島駅間をキハ4両編成で特別運行を行い,貨物専用の倉敷貨物ターミナル駅ではこの特別編成車両に引退した別の車両を連結して,構内運転を行い,展示撮影会を開催した。近隣地域,県内のみならず,全国から鉄道ファンが集まった。ほかにも,東京の大学や高校の鉄道サークルの見学受け入れも積極的に行っており,なかには文化祭で同社支援の募金を行い,同社制作のカレンダー購入の形で,寄付してくれるところもあるという。同社の取り組みが様々な形で,実を結びつつあることを示す例ではなかろうか。

 むろん,同社の事業規模は限られたものであり,社会全般への影響も限定的である。さまざまな施策も限られた経営資源のなかで,企画実施されたものである。期待外れのときも,また逆に予想以上の反響で大成功という企画もあるという。しかしながら,いずれの場合も,現在の需要を深堀するとともに,潜在的な需要を掘り起こし,新たな顧客につなげようとしている点に注目したい。規模の大小ではなく,このことこそが重要なのである。

 20世紀後半のように,市場拡大を見込める時代はダイナミックで目に見える形で社会が変わっていった。しかし,現在のような自動的な規模の拡大が期待できない時代もまたよいのではないか。自社の存在意義を確認し,顧客は誰かを特定し,それらの顧客の顕在・潜在需要を満たすことがビジネスの本質であるとすれば,そのことを自問し,各社各様の施策を実施せずにはいられない時代だからである。潜在需要の掘り起こしは容易ではない。しかし,だからこそ,個人の想いが周りの人々を巻き込み,新たな動きに結びつき,すこしずつであっても会社を内部変革し,社会を変える契機となる。逆説的かもしれないが,おもしろい時代になったものだとも思う。

[注]
  • (1)P.F.ドラッカー(2001)『マネジメント』ダイヤモンド社。
  • (2)林克彦(2020)「貨物輸送市場をめぐる構造変化と鉄道貨物輸送の役割」『みんてつ』Vol.72冬号。
  • (3)茶木環(2020)「貨物・旅客輸送併営で地域活性化に取り組む」『みんてつ』Vol.72冬号。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1660.html)

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