世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2858
世界経済評論IMPACT No.2858

小さな池の大きな魚になろう

今井雅和

(専修大学経営学部 教授)

2023.02.20

 良い経営は強い事業から生まれる。良いと強いはトレードオフでは決してない。両者がそろってこそ優れた会社になる。では,強い事業はどのように生まれるのか。

 読者は医科・歯科医療機器のマニーをご存知だろうか。同社は戦略立案に当って,4つの基準(やらないこと)を明確に謳っている。(1)医療機器以外扱わない,(2)世界一の品質以外は目指さない,(3)製品寿命の短い製品は扱わない,(4)ニッチ市場以外は参入しない,である(注1)。

 (1)と(4)は事業領域(ドメイン)を明確にし,大手の参入しにくいニッチ市場を自社の活動領域にするとの自己規定である。(2)と(3)は自社の強みを活かせる製品群のみ手掛け,世界一の品質を実現するとの宣言である。ここでは世界一を実現する経営資源とニッチが象徴する事業領域をキイワードに,他社の事例も参考に考えてみたい。マニーの事例は,不安が募り,失敗した時の理由付けを準備しようとすれば,あれもこれもとなりがちだが,優れた経営戦略とはやらないことを決めることだということを教えてくれる。

経営学ではこう考える

 強い事業の源泉となる競争優位はどのように形成されるのだろうか。経営学の教科書(注2)には,1つにはどのような市場に身を置くかが何より重要と書かれている。M. ポーターらのポジショニング学派であり,極端にいえば市場を独占できれば強い地位を維持できるとする。2つ目の資源ベース学派は経営資源の質と量こそが競争優位の源泉であるという。要は能力が高ければ勝てるというのである。もちろん,いずれかの解が正しいというのではなく,市場の競争環境・条件によって答えは違ってくる。このことを念頭に議論を進めよう。

 経済産業省は「グローバルニッチトップ企業」として100社を選定し公表している(注3)。マニーとのちに見るナミックスも含まれる。世界市場のニッチ分野で勝ち抜いている企業やサプライチェインでカギを握る部材や素材を供給する優良企業である。マニーはニッチ市場に留まると宣言している。

 しかし,「ニッチ」という言葉には,市場のすきまを見つけさえすれば,極小市場で競争圧力にさらされないというニュアンスが含まれないだろうか。むろん,実際のビジネスはそれほど甘くない。グローバルニッチトップは,優れた経営資源によって得られた競争優位ゆえに,ニッチ市場で大きな地位を占めている。逆もまた真なり。ニッチ市場で力を蓄え,他社の参入,追随を許さない競争優位を獲得する場合もあり得る。要はポジションか経営資源かではなく,両者の組み合わせこそが強い事業を創るのである。

 筆者は現在,地方の中小・中堅企業の国際化に関する共同研究に参加している。一般に競争力が乏しいとされる,地方企業がなぜ国際化できるのか,どのように世界の会社との競争を優位に進めているのかがテーマである。その一環として,最近インタビュー調査を行った,新潟県の大変興味深い2社の事例を紹介したい。

ナミックスの事例:エレクトロケミカルでオンリーワン・ナンバーワン

 まずは,新潟のナミックスである(注4)。同社は,戦後,現社長の祖父が,前身の北陸塗料として塗料製造を開始した会社である。その後,化学塗料が普及し,大手が地方市場に参入し競争が激化したため,エレクトロニクス分野参入を視野に研究開発に取り組み,電子部品用の絶縁塗料,導電塗料の開発に成功した。1980年代になると,売上高1/3強の祖業である一般塗料事業を廃し,エレクトロケミカル材料に特化し,電子部品の小型化,高機能化に対応したカスタムメイドの製品を次々と開発するようになった。

 21世紀に入ると,半導体と電子部品の発注元(デザインハウス)は米欧であるが,製造拠点は東アジアに集中するようになり,台湾でも生産を開始した。半導体液状封止材の世界シェアは5割,その他の製品も軒並み3〜5割のシェアを得ており,同社が掲げる「オンリーワン・ナンバーワンの技術」で,”Small but Global”を実現している。

 なぜこのようなことが可能なのか。それは,同社が自社を研究開発型企業であると規定し,新規技術・素材の開発にコミットし続けているからなのである。その結果,それぞれの顧客の求める最先端の製品を開発,製造,供給が可能な価値が高く(Valuable),希少な(Rare)で,他社が真似することが困難(inimitable)で,代替不能(non-substitutable)なヒト,モノ,技術といった経営資源を手にいれることができた(注5)。これまでの歩みと成功は,不断に経営資源を積み増した結果であり,資源ベースの競争優位と理解できる。

 小田嶋社長は単に規模を追うことはしないという。自社しか持ちえない技術で,エレクトロケミカルの最先端に位置するというように,自社の事業領域を明確に定義し,かつ継続的な経営資源の強化によってオンリーワンを実現しているのである。

 ところで,同社の経営の興味深い点はもう1つある。同社の顧客は県内にはおらず,国内売上比率も2割に過ぎない。従業員は県内出身者が多く,ほとんどが新潟在住である。ただ,雇用以外では,地元社会・経済とのつながりは乏しく,地域貢献が業績に直結するわけではない。通常は「にもかかわらず」となるが,小田嶋社長は「だからこそ」地域社会との関係を密にしたいという。これまでも地域社会とのつながりを大切にする活動に積極的であったが,今度は西蒲地区の広大な土地を取得し,スマート農業に参入し,農業をテーマとする大規模観光施設を開園するという(注6)。本業に直結しない新事業展開は,一般には疑問視されることが多い。しかしながら,農業と食への創業家としてのこだわりと「社員が幸せを感じられる」「いい会社にしたい」という経営目標が,この意思決定の背景にある。同社のチャレンジを見守りたい。

諏訪田製作所の事例:匠のつめ切りで市場創造

 次に,三条の諏訪田製作所を取り上げる(注7)。国内および海外で人気の,売れ筋商品が8千円のつめ切りを製造し,工場はオープンファクトリーとして多くの見学者が訪れる。小林代表は3代目で,自身も鍛冶職人である。事業を承継したときの想いは,良いものを作っているのに会社も社員もそれに見合った評価を得ていないであった。

 そこで着目したのが,他社が競合できない高品質のつめ切りであった。以前から製造しており,品質の良さは分かっていたが販売は限定的であった。品質を磨き,高品質高価格のつめ切り市場を創造することによって,会社自体を変革しよう考えたのである。こうして自社の主要な事業領域を明確化する。

 また,鍛冶職人にとって,大型刃物やハサミに比べて小さなつめ切りは手間が同じでもやりがいに乏しかった。しかし,あえてそうした製品に力をいれることで,製造現場と職人のマインドセットの変革を図った。オープンファクトリー化によって,職人自身が整理整頓といった5S活動を自発的に行うようになった。通常の20倍の能力のプレス機械の導入,それゆえに高頻度で交換しなければならない金型の使用,最低でも6年はかかる鍛冶職人の育成と,高品質の追究を第一とし,他社の追随をゆるさない製品となった。

 マーケティングサイドでは,国内は数年かけて同製品の販売につなげる販路を独自に開拓する。海外では各種展示会での出展を通じて認知度を高める一方,ロンドンとブリュッセルで開業した自前の流通・小売販路を含め,欧州を中心に世界約20カ国の販路を整備する。

 このようにして,小さなつめ切り市場のなかに,新たな高品質高価格つめ切り市場を創造することができた。同時に,希少で模倣困難な経営資源を不断に磨き,企業としての組織能力を高めることで,他社の追随を許さない特徴ある事業創造につなげることができたのである。

 これまで見てきたように,強い事業をつくるためには,自社は何者で,存在意義は何かという問いによって事業の事業領域を明確にすることと,社員および組織の能力開発に努め経営資源の厚みを増やし続けることが重要である。いずれが欠けても持続的な競争優位の創出は難しい。本稿は中小・中堅企業を意識したものであるが,グローバルニッチトップ企業に大企業の特定事業が多く含まれていることからもわかるように,企業規模に限定されない。

 大洋の大魚よりも小さな池に棲む大魚の方がはるかに魅力的なのである。

[注]
  • *本稿は『新潟県生産性本部会報』2023年1月号への寄稿文に基づいている。
  • (1)マニー株式会社のウェッブサイト,企業情報・社長あいさつからの引用である。
  • (2)例えば,馬塲杉夫ほか(2015)『マネジメントの航海図』中央経済社などを挙げることができる。
  • (3)「2020年版グローバルニッチトップ企業100選
  • (4)同社ウェッブサイト,その他メディア情報および同社経営企画室のシニアグループマネジャー平田康一氏へのインタビュー(2022年10月14日)に基づく。2021年の売上は559億円,国内向けが2割,海外が8割である。
  • (5)資源ベース理論ではこれらをVRINと略称している。
  • (6)「新潟市郊外に大規模観光農園 ナミックスが26年開業」『日本経済新聞』2022.10.12。
  • (7)同社ウェッブサイト,その他メディア情報および同社代表取締役の小林知行氏へのインタビュー(2022年10月27日)に基づく。2021年の売上は6億7千万円,海外比率が15%,つめ切りの売上は5割強である。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2858.html)

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