世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.867
世界経済評論IMPACT No.867

加速するインド経済のデジタル化

小島 眞

(拓殖大学大学院 客員教授)

2017.06.26

活況を呈するIT国内市場

 2014年5月にモディ政権が成立して以来,インドは7%台の力強い経済成長を続けており,2015年からは中国の経済成長を凌駕するに至っている。1990年代以降,インド経済の牽引役として大きく台頭したのは,いうまでもなくIT産業である。インドのIT産業は世界のITアウトソーシング先の55%を占める存在であり,もっぱら注目されてきたのは,欧米向けのITサービスの提供という輸出産業としての側面であった。しかしながら昨今,これまで出遅れていたIT国内市場においても,IT立国としての面目を示すべく,デジタル経済の進展に向けてのお膳立てが着実かつ急ピッチに進行中である。

デジタル経済に向けてのお膳立て

 真っ先に注目されるべきは,本人確認のための指紋や虹彩画像の生体認証を伴った12桁の固有識別番号(アーダハール)がすでに国民の大多数に発給されるようになったことである。固有識別番号制度はマンモハン・シン政権時代の2009年に手掛けられ,翌10年に第1号の固有識別番号が発給された。その後モディ政権下において拡充強化され,今年3月現在,固有識別番号が支給された人数は11億人強に達し,すでに成人人口の99%をカバーするまでになっている。

 このように固有識別番号制度が驚異的なスピードで整備されるようになったのは,本人確認を証明するための公的手段として,さらには貧困対策として固有識別番号の活用が不可欠であるとの認識が国民の間で共有されるようになったためである。より効率的で無駄のない補助金制度の確立のためには受益者本人への直接便益移転が不可欠であるとして,すでに4億以上の銀行口座が開設されるに至っている。

活発化する電子商取引

 通信キャリア間での熾烈な価格競争もあって,インドでは通信ネットワークへの接続が急速な拡大を遂げている。インターネット人口は3億人,スマホ人口は2億5000万人,従来型の携帯電話を使用している人口は3億5000万人と推計されている。こうした通信ネットワークの拡大を背景にして,現地企業最大手のフリップカートやアマゾン等によるネット通販を含む電子商取引が活発化している。それに伴って非現金決済が拡大の一途を辿っており,全商取引に占めるシェアは,2010年の10%から15年には22%に拡大している。非現金決済にはカード決済が含まれるが,とりわけ急成長しているのがプリペイド型のモバイルウォレットやモバイルバンキングを含むデジタル決済である。電子決済最大手は,中国のアリババの支援を受けているペイティエム(Paytm)である。

 昨年11月,流通紙幣の86%を占める500ルピー,1000ルピーの高額紙幣廃止措置が断行された。不正資金の根絶という大義名分に対しては国民の間で一定の支持を得られながらも,現金決済に多大な支障を来したことに伴い,デジタル決済が急増する結果となり,インド経済のキャッシュレス化に拍車を掛けることになった。

繰り出される新たな非現金決済手段

 ここで注目されるのは,インド決済公社(NPCI:2008年設立)によってインド国産の一連の非現金決済手段が開発され,目覚ましい進化を遂げていることである。マスタードカードやVISAに対抗すべく,2012年には国産カードとしてルペイ(RuPay)が打ち出され,国内市場の36%強を占めるまでになっている。昨年12月には,携帯電話を通じて10万ルピーを上限として銀行口座間の送金を可能にし,かつ手数料がゼロのアプリとしてBHIMが打ち出された。

 今年4月には,たとえ消費者が自らの携帯電話を所有していなくとも,固有識別番号にリンクされた銀行口座を持っているだけで支払いができるという画期的なスマホ用決済アプリが打ち出された。アードハールペイ(Aadhaar Pay)と呼ばれる決済用スマホアプリである。店頭に設置されている指紋スキャナーによって消費者の本人確認がなされた上で,NPCIを経由した口座振替を通じてスマホ上で商店側に支払いを済ますことができる。商店側に求められるのは,単に上記の決済用アプリを自らのスマホにダンロードし,かつ1台2000ルピー程度の指紋スキャナーを取り揃えることだけのことある。

 さらに今年7月1日を期して,間接税の一本化を目指した財サービス税(GST)が導入されることになった。サプライチェーン上の取引での間接税の税控除を受けるに際しては,売り手と買い手の双方の取引記録を照合する必要があり,そうしたGST運用上の共通のITプットフォームを提供するものとしてGSTネットワーク(GSTN)が準備されており,すでに500万社以上の企業が登録されている。GSTの導入は,インドにおけるビジネスのデジタル化に向けて大きな第一歩をなすものといえよう。

まとめ

 インドでは固有識別別番号の発給がすでに成人人口の99%に達している。それに伴って固有識別番号にリンクした銀行口座への振り込みを通じて各種補助金を受益者本人に振り込む直接便益移転が確実に広がる勢いを見せている。スマホを活用した利便性の高い注目すべき決済アプリも新たに登場するに至っている。今年7月に始まるGSTネットワークの活用と相まって,今後,インド経済のデジタル化には目の離せない状況にある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article867.html)

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