世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.771

TPPが発効しなくても残るもの

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2016.12.26

 トランプ氏が「TPPを大統領就任初日に離脱する」と宣言する中,12月9日,国会においてTPP協定が承認された。しかし,これで一歩前進と言えるのかはよく分からない状況である。協定の内容を発効当日から適用させるべく,日本の立場としては関連法規を着々と準備することになるが,着工したものの諸事情で完成を見なかった高速道路が廃墟になってしまうかのような最悪のシナリオも目の前にちらつく。

 では,もし仮にTPPが発効しなければ,全てが無駄骨で結局何も残らないのかというと,実は,そう解釈するのも悲観的すぎるところがある。TPPに関する議論は,とかく関税を中心に一部に集中する傾向があるが,TPPの条文は,貿易円滑化,知的財産,労働,環境,中小企業など前文入れて31の多様な項目を含んでいる。日本では,既にこれらそれぞれに関してTPPの条文内容に歩調を合わせるように,国内制度を更新し続けている。

 たとえば,WTO協定より更に踏み込んだ「貿易円滑化」については,迅速な通関を可能にするために出来る限り貨物の到着から48時間以内に引き取りを許可しなければならないとされ,急送貨物に関しては必要な税関書類の提出後6時間以内に引き取りを許可しなければならないと定められている。また,外国の輸出業者など利用者の要請に対して,要望を受けた国の税関は関税分類や原産性に対する情報を150日以内に回答しなければならないとされており,輸入手続きを単一の窓口で電子的に完了できるように努めるなど,通関に関わることに具体的な期限を設け迅速に処理するように促すことが求められている。

 日本の税関は,既にこれらを実現する条件を満たしているが,更に徹底して進める準備を整えつつある。輸入手続きの一括電子申請については,2015年より輸出入・港湾関連情報処理システム(NACCS: Nippon Automatic Cargo and Port Consolidated System)が導入され,通関関係書類をPDFで提出することにより,税関やその他の関係行政機関への手続きや民間業務を全てオンラインで処理できるようになった。2017年度には,処理できる業務内容を増やし,書面による申告を減らす環境を整えた次期NACCSが稼働する予定である。このことにより,輸出入の通関手続きが簡便になるとともに迅速な処理がよりいっそう可能になり,物品貿易の拡大に資することになるだろう。

 また,「中小企業」については,中小零細企業の貿易への参加促進を奨励するために取るべき支援策が規定されている。これを受ける形で,中小企業が海外展開するための支援サービスを提供する「新輸出大国コンソーシアム」が2016年2月に設立された。これは,政府機関,地方自治体,商工会議所,金融機関などが連携した個々の企業のニーズに応じた支援を全国に提供するサービスで,9月30日時点で964の支援機関が参加し,1692社が会員になっている。TPPが発効した暁には,中小企業がTPPの広大なマーケットに首尾良く進出するための準備となっているものである。この組織についても,仮にTPPが発効しなくとも,中小企業の貿易拡大を支えてくれることだろう。

 他にも,「知的財産」に含まれる「地理的表示」制度も2015年から開始され,12月現在24件が登録されている。

 TPPに参加することで開始され,あるいは促進されたこれらの動きは,TPPが発効しないことにより減速はするかも知れないが,継続され進展して行くことだろう。こうした国内制度の整備は,日本の更なるグローバル化を支える重要な基盤となることだろう。

 現在,日EU経済連携協定の交渉も進んでおり,日中韓を中心とする東アジア広域の自由貿易圏を目指すRCEP,日中韓経済連携協定など,交渉中の自由貿易協定はいくつも控えている。これら新たな自由貿易協定の発効は,いずれも日本経済を活性化することだろう。よりいっそうの貿易自由化に向けて,日本は粛々と国内整備を進めてゆくのみである。

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