世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2759
世界経済評論IMPACT No.2759

道なかばの日本の地域貿易協定20年

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2022.11.21

 今世紀初頭,日本は地域貿易協定で世界に大きく遅れをとっていた。日本の最初の地域貿易協定である日シンガポール経済連携協定(EPA)が締結・発効したのは,今から20年前,2002年のことである。

 地域貿易協定とは,特定の国の間でお互いの貿易を自由化する協定である。協定を結んだ域内の関税を引き下げたり無税にする自由貿易協定,域内の貿易自由化とともに対外共通関税を設ける関税同盟などがある。日本は,貿易の自由化に加えて,投資,人の移動,知的財産の保護,競争政策におけるルールづくりなど,さまざまな分野での協力の要素を含む幅広い経済関係の強化を目的とするEPAを目指しており,2022年現在,19件のEPAとアメリカとの自由貿易協定を発効している。

 WTOによると,世界の地域貿易協定は,1990年までに発効した累積件数は22件だったものが1990年代に急増し,2000年には81件になり,2022年には356件に至っている。WTOの多角的貿易交渉が停滞する中,各国は地域貿易協定に貿易自由化の活路を見出してきたのである。

 地域貿易協定が世界で急増してきた1990年代,日本はGATT/WTOによる国際的なルール作りとその遵守を軸とする貿易政策を行っていた。周りの国々が次々と地域貿易協定を結ぶ中,日本だけがどの国とも交渉すら行っていなかった。このことは,日本に悪い影響を及ぼす恐れがあった。日本以外の地域貿易協定を結んだ国同士の貿易が盛んになることによって,日本は域外の国として排除される貿易転換効果に見舞われることが危惧されたのである。

 このため,日本は今世紀に入り方針を修正し,地域貿易協定の締結を推進してきた。2002年から10年で13件ものEPAを発効させた。しかしながら,この時点で,解決すべき悩ましい問題が2点あった。

 第一に,この時点では,中国,EU,アメリカ,韓国,オーストラリアのような主要な貿易相手国・地域と締結していなかった。しかし,その後,オーストラリアとは2015年,EUとは2019年,アメリカとは2020年,中国と韓国とはRCEP(地域的包括的経済連携)が2022年に発効することによって,ようやくこの問題が解消することとなった。

 第二に,タリフラインの自由化水準が低いことである。タリフラインとは,輸入関税をかける細目レベルの対象品目の単位で,日本では約9000ある。自由化率や関税撤廃率は,そのうち何%が自由化されているかを示すものである。アメリカやEUが結んでいる地域貿易協定の自由化率が95%以上であるのに対し,日本はTPP以前で最大で88.4%,TPPは95%であるが,他のTPP加盟国は95%以上の自由化率である。日EUEPAも94%と健闘しているが,EU側は99%である。この腰が引けている感のある日本の自由化率は,農林水産物の輸入自由化の遅れが影響している。例えば,日EUEPAでは,日本の鉱工業品の自由化率は100%なのだが,農林水産品は84%なので,全体として94%に下がってしまったのである。実際,コメは除外,麦・乳製品は国家貿易制度,砂糖は糖価調整制度,豚肉は差額関税制度を維持し,関税割当やセーフガードが確保されている。

 自由化率の低いいわゆる「質の悪い」地域貿易協定は,いくら結んでも実質的にあまり効果がないのみならず,品目により関税の差が開くことは生産と消費に歪みをもたらすこととなる。自由化に伴い困難に陥る国内産業への支援や貿易救済措置の活用などを前提とした上で,今後の協定見直しの際には,より質の良い内容にアップグレードすることが望ましい。また,今後結ぶであろうEPAにおいても,より高いレベルの自由化水準を目指すべきである。

 日本は,少子高齢化により労働力人口が減少しつつあり,国内市場の縮小が危惧されている。この中で経済成長を望むのであれば,海外の活力を活かした強固な経済を確立しなければならない。そのためには,貿易自由化によりグローバル化のメリットを取り込み,その損失を小さくすることが必要なのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2759.html)

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