世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
USスチール買収阻止のこれまでとこれから
(小樽商科大学商学部 教授)
2025.02.10
2025年1月,アメリカのバイデン前大統領による日本製鉄の米鉄鋼大手USスチール買収計画の中止命令に対して,両社は違法な政治的介入として大統領令無効を求める訴訟を起こした。「日本」が「US」を買収というと刺激的な印象になるが,USスチールはアメリカの鉄鋼産業において第2のシェアを占める大手鉄鋼企業ではあるが粗鋼生産では世界で第24位であり,世界第4位の日本製鉄との体力差は歴然である。
アメリカの鉄鋼産業は,前世紀の中頃までは興隆を極めていたが,1960年代に斜陽化してから保護貿易主義的になり,長年外国からの輸入に制限を設ける活動を続けてきた。特に日本の鉄鋼産業とアメリカ鉄鋼産業との間には,相当長い因縁がある。日本の鉄鋼産業は1960年代には対米輸出自主規制に追い込まれ,その後もセーフガード関税やアンチダンピング関税に苦しめられ続けてきた。
Blonigen(2006)によると,1982年から2000年の間にアメリカにおいて最も多くアンチダンピングの申し立てをしたのはUSスチール(245件)であり,ついで2001年に破綻したベスレヘム・スチール(143件),全米鉄鋼労働組合(102件)と続き,以下鉄鋼企業が名を連ねている。このように,アメリカの鉄鋼産業は政治的活動や貿易救済措置により繰り返し日本を含む外国からの輸入に対して関税引き上げを求め,国内産業を保護しようと試みてきた。第一次トランプ政権下においても,鉄鋼業界幹部の働きかけで鉄鋼の輸入に対して25%の追加関税が決定され,諸外国と揉めた経緯がある。
にもかかわらず,政府に保護を求めている間もアメリカの鉄鋼企業が経営努力や技術革新により国際競争力を回復することはなかった。トランプ氏は二度目の大統領就任前に関税措置でUSスチールは蘇ると言ったが,半世紀以上の保護によっても再生の兆しのない斜陽産業が自力で復活できるのだろうか。政府の保護だけでは限界があるのは明らかだ。
アメリカの鉄鋼シェア第3位のクリーブランド・クリフスがUSスチールの買収を申し出ているが,反トラスト法上の問題がクリアできたとしても,技術力と経営体質の弱いアメリカ鉄鋼企業同士の合併でどの程度経営改善効果が上がるのかはあまり期待できそうにない。
日本製鉄による買収が成立すれば,技術導入と事業基盤の強化により長く凋落を続けてきたUSスチールひいてはアメリカの鉄鋼産業を再生させることも可能だろう。同様に長くアメリカの鉄鋼産業の保護主義の被害を被っていた日本の鉄鋼産業にとってもそれは大きな転換点となるかもしれない。日本の鉄鋼産業にとってもアメリカの鉄鋼産業にとっても有益なこの合併がこのまま中止となるのかトランプ大統領のディールで一転認められるのか,目が離せないところである。
[参考文献]
- Blonigen, B.A.(2006) ”Working the system: Firm learning and the antidumping process”, European Journal of Political Economy, 22, 715-731.
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