世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.761
世界経済評論IMPACT No.761

アングロサクソンによる世界潮流の転換:2016年と1980年代

田中素香

(国際貿易投資研究所客員研究員)

2016.12.05

 2016年はグローバル化とメガFTA運動の転換の年となりそうだ。6月の英国国民投票のEU離脱選択,11月のトランプ大統領選出と,アングロサクソン大国の政治が世界をひっくり返すような働きをした。両国の政治変動はグローバル化が創り出した所得格差に基本的な原因があるとはいえ,アングロサクソン白人主義も一定の役割を果たした。英国では東欧のEU加盟国からの移民流入へのイングランド労働者層の強い反発があり,米国では白人男性のトランプ支持が非常に高かった。思い起こせば,これらアングロサクソン大国で1980年代にも世界経済の潮流を転換する事態が起きた。

 1980年代,先進国は戦後の管理資本主義から新自由主義的資本主義へと大転換を遂げたが,その潮流を主導したのは英米だった。英国のサッチャー首相と米国のレーガン大統領が金融自由化,グローバル化,市場重視の新自由主義へ協力して舵を切り,世界の潮流を転換していった。その中で91年にソ連が崩壊し,市場主義の流れは決定的となった。

 英国は戦後「ゆりかごから墓場まで」といわれた世界に冠たる福祉国家を作り出したが,サッチャー首相はそれを革命的に転換した。革命的という意味は,そうした政治を進めてきた政界や各界の支配層を一掃したからである。米国では経済学が転換に大きな役割を果たした。戦後経済政策思想の基盤であったケインズ主義経済学の代表者だったポール・サムエルソンが,ミルトン・フリードマンのマネタリズムにあっさりと白旗を揚げ,革命的というべき経済政策思想の転換が生じた。

 だが,2016年と1980年代とでは決定的な違いがある。1980年代には,市場管理型の資本主義が高インフレで行き詰まり,それを打開する政策理論として,マネタリズム理論が提出された。市場主義はなによりも英米両国経済の隘路を打開する方策であり,その先はグローバル化へと通じていた。ソ連が崩壊すると,中国やインドなどの保護主義国が資本主義経済に国を開いて,地球規模のグローバル化へと発展していった。多国籍企業とグローバル金融資本主義の支配する時代へと進んだのである。

 だが,今日,英国はEUを離脱してどこへ行くのか? Brexitの先が見えない。EUとの関係をすっぱりと切って中国・インドなど新しい方向へ進む「ハード・ブレグジット」をメイ政権の離脱派大臣たちは主張するのだが,英国貿易の半分を占め,サプライチェーンで結びついている大陸EU諸国から離れれば,英国産業や雇用に安定はない。中国,インドに接近しても,片や国家資本主義,こなた強力保護主義の国である。英国に国を開放してくれるはずもない。英国経済は行き詰まる。

 英国産業・雇用の安定を優先する限り,EUとの経済関係をできるだけ維持する形で離脱する「ソフト・ブレグジット」しかないのだが,メイ首相は二つの立場の間を揺れ動く。一昨日「ハード」支持らしき発言,昨日は「ソフト」的,今日は「いずれでもない」という具合である。

 トランプ次期大統領はTPPを離脱し,NAFTAも交渉し直す,中国には関税と為替相場で攻勢をかける,という。彼の保護主義は衰退製造業にてこ入れし,海外展開した企業を米国国内に呼び戻すというものだ。グローバルサプライチェーンの時代を過去へ巻き戻そうとしている。だが,グローバルサプライチェーンの寸断は米国大企業の利害に反する。そのような政策を本当に実施できるのだろうか。格差問題には基本的に所得再分配など国内の政策で対応すべきだが,減税政策では最富裕層が最大の利益を得ることになりそうだ。企業だけでなく遠からず労働者の反抗に直面するのではないか。

 このように,2016年の英米両国の政治変動は先が見えず,理論もない。

 日本はどのような対応をすべきだろうか。一つの方策は日欧EPAをまとめあげ,またグローバルな政策では従来の原則に忠実なドイツなど大陸ヨーロッパ諸国やオーストラリアなどと協調して,米国新政権に対応することであろう。安倍政権の前には,日本の政権は1年交代で,欧米の安定政権から相手にされなかった。今や欧州各国がポピュリズムに動揺し,米英の政治も揺れている。トランプ氏は議会運営などで自由貿易主義の共和党と協調しなければならない。それだけに,長期政権を基盤に,TPPの国会承認を早期に済ませ,ロシアとの交渉をはかり,中国への対応にも配慮するなど,変動の全方向に備えている安倍首相の外交姿勢を評価したい。TPPについても米国以外の11カ国での批准へ進むように力を尽くすべきだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article761.html)

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