世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3705
世界経済評論IMPACT No.3705

中国の製造業覇権と異質の輸出構造:そのリスク

田中素香

(東北大学 名誉教授)

2025.01.27

 中国は,鉄鋼,造船,太陽光パネル,風力発電装置,そしてBEV(バッテリー式電気自動車)へと製造業の世界制覇路線を進んで来た。2015年発表の「中国製造2025年」にはさらに広範な部門で製造強国となって世界を制覇する雄大な意図が示されている。

 粗鋼生産では世界の過半,10億トン超を生産し,過剰生産の鉄鋼の輸出先は世界に広がり,ブラジルなど新興国もアンチダンピング措置などで対抗する。造船では人件費が日韓より5割低く,受注量の格差は急拡大している。2023年EUの太陽光パネル需要の89%は中国製,EU製は7%だった。太陽光パネルや風力発電装置の供給能力は世界需要をはるかに超える。

 そしてBEV。米国は100%関税,EUは昨年10月最高35.3%の追加関税を適用した(BYDには17%)。だが,EUの自動車メーカーは車載電池で圧倒的に中国依存,BEVでも中国製が関税を乗り越えるのは容易だろう。

雁行形態論と中国

 国際経済学の貿易論は国民経済モデルである。先進国の工業化が重化学工業段階へ進むと賃金が上がり,軽工業では低賃金の新興国にかなわなくなり,農業国は軽工業の新興国へとランクアップできる。そうした地域の発展構造を,日本国際経済学会の大先輩,赤松要博士が戦前に雁行形態論(Flying Geese Model)で提唱した。1960年代以降日本の重化学工業化が進む中で,小島清・一橋大学教授(当時)がさらに発展させた。

 要約すると,東アジアでは,日本が工業化の先頭を飛び,アジアNIES(韓国・台湾・香港・シンガポール)が続き,その後ろにASEAN6カ国(当時)の工業化が追随する,まるで飛翔するガンの列のような工業発展が見られる,という。

 その後,雁行形態は崩れた。製造業では,半導体製造で台韓が世界のトップランナー,韓国は自動車や造船でも日本と並ぶ。国民1人当たりGDPでも両国が日本を抜いた。それより何より,雁行形態論が度外視していた中国(毛沢東体制下では国を閉じていた)が加わり,様相は完全に変わった。『世界経済 大いなる収斂-ITがもたらす新次元のグローバリゼーション-』でリチャード・ボールドウィンは,IT革命によって世界の貿易構造は大転換し,1990年代以降飛ぶ秩序のない「ムクドリの群れ」のようになったと説明している。

 ところが,雁行形態論を研究する中国人研究者の一人は,雁行形態論は中国で妥当するという。東側の沿岸地域は先進国,中部地帯は新興国,西部は発展途上国であり,雁行形態で発展しているというのである。そんな国民経済は西側には存在しない。資本と労働力の自由移動があるので,賃金水準は平均値に収斂し,それに対応する輸出部門と輸入部門が構成され,国民経済ベースで比較優位や特化などが形成される。ところが,中国では賃金水準も沿岸・中部・西部で段差がある。既存の貿易理論はあてはまらないのである。

 中国雁行形態論が正しいなら,中国はかつての東アジアである。つまり国民経済ではない。14億の人口を持つ多民族国家を共産党の一党独裁が統括する帝国であり,それ独自の輸出構造を形成している。世界最先端から中程度までの工業品,さらに繊維品・家具や玩具など軽工業品までなんでも輸出競争力を持ち,低賃金長時間労働を厭わない国民性もあって,世界各国を圧倒する。

 EVの開発競争ではBYDのような勝者に補助金が集中する(たとえば,ガソリン車からの切り替え補助金はBYDの受領が圧倒的)。だが,突然スマホ企業が新規参入したりして,勝者間の激烈競争は続く。とはいえ,大都市や省のような地方(といっても人口は数千万から1億人超まで。西欧の大国並みの人口を持つ省がずらりと並ぶ)の政府は「オラが国」の企業を支援するから,いささかのクッションは入り,そして過剰生産が止まらないということにもなる。

世界各国の工業化の障害に:ヨーロッパのケース

 過剰生産は製造業の主要分野のほとんどで起きている。沿岸の最先端品,中部の製造品,西部の軽工業品,それらが過剰生産となって安値で世界各国に輸出され,先端からローテクまで現地製造業を圧迫あるいは破壊する。工業化で新興国になりかけても安価な中国品が輸入されて製造業が崩壊する国については「早すぎるサービス経済化」といわれる。途上国の工業が発展できない。工業化が民主主義の基盤をつくるのだから,困った事態である。中国は「一帯一路」で資金支援して途上国,新興国をなだめて貿易自由化を迫り,それが現地の工業化の攪乱あるいは破壊につながるケースもあるだろう。

 先進国でも,21世紀の初めから中国による製造業の破壊が問題視され,英国等では右翼ポピュリズム発生の一因と指摘されていた(多国籍企業の中国進出も影響)。EUの製造業はすでに相当破壊され,今最後の砦ともいうべきドイツが危うい。EUの新興国・発展途上国にも問題が起きている。

 「一帯一路」に関わるEUの東欧(旧共産圏諸国)とギリシャの合計12加盟国の対中国貿易収支を見ると,輸出が輸入の10分の1以下という極度の片貿易の国が6カ国,5分の1以下の国が4カ国,合計10カ国になる。EUは共通通商政策をとっており,関税率もEU一律だ。保護主義傾向の強かったフランスや南欧諸国が1990年代に自由貿易へ動いた。先進国本位の共通通商政策になっており,東欧諸国の製造業の能力を超える自由化の可能性が高い。ハンガリーだけでなくスロバキアやルーマニアでも反EU・ナショナリズムを唱える極右の進出が顕著だ。共通通商政策のあり方も問われている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3705.html)

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