世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3579
世界経済評論IMPACT No.3579

東部ドイツ地方選挙における極右と極左の躍進:ドイツの将来に注目

田中素香

(東北大学 名誉教授・ITI 客員研究員)

2024.09.30

 9月実施の東部ドイツ3州の地方選挙が終わった。いずれの州でも極右政党AfD(ドイツのための選択肢党)が躍進した。チューリンゲン州では9月1日の選挙で第1党になり,州選挙で戦後初の事態と大きく報道された。ザクセン州では中道右派CDU(キリスト教民主同盟)が1位,またベルリンを取り囲むブランデンブルグ州の22日の選挙でも中道左派SPDが1位だったが,いずれも僅差で2位につけた。

 反移民,ウクライナ侵略戦争のロシア支持,反米,そしてドイツのウクライナ支援反対である。ウクライナを支援するカネを東独に廻せ,という。党内にはネオナチなど「危険人物」がおり,ドイツ政府の情報機関から監視されているのだが,選挙に影響しなかった。そこが怖い。

 AfDの躍進には,構造的,一時的の双方の要因が作用している。1990年のドイツ統一を仕切った旧西ドイツのやり方に東部ドイツの住民の多くは今日なお反感を抱いている。また,うち続く人口減少への危機感も強い。高学歴者が流出を続けるだけでなく,ドイツで人口減少の著しい50地区のうち,43は東部ドイツにある。

 コロナ禍離脱後の深刻なドイツの経済状況の影響も見逃せない。22年にはウクライナ侵略のロシアが天然ガス供給を停止し一時2桁のインフレ,その後ストライキなどでインフレは長引き,電気料金や食糧品の価格の大幅な値上がりが貧困層をとりわけ苦しめている。経済は,去年,今年と連続のマイナス成長になりそうな雲行きで,今回のドイツの不況は構造的という見方もある。

 一時的な要因としては,ゾーリンゲンの刺殺事件の影響がある。刃物で知られる町ゾーリンゲンで8月に,過激派組織「イスラム国」(IS)メンバーとみられる男がナイフを振るって3人を殺害し,8人を負傷させるテロ事件が起きた。ブルガリアへの強制送還の期日が過ぎていた26歳のシリア人難民が凶行に及んだのである。以降,ショルツ氏は移民政策の厳格化を求める圧力にさらされている。この事件が反移民を主張してきたAfDの「正しさ」を証明したような形ができてしまった。

 報道での扱いは小さかったのだが,極左のBSW(Bund Sahra Wagenknecht,ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)が東部ドイツの3州の選挙でいずれも3位を占めたのは,驚きだった。BSWは,ザーラ・ヴァーゲンクネヒトという女性党首が左派党から離脱して本年1月に結成し,1年足らずで大きな成果をあげた。左派党は,ウルブリヒトやホネッカーを党首とした社会主義時代の東独の共産党(正式名書はSED:社会主義統一党)をドイツ再統一の後に継承した左派政党(極左に含まれよう)なのだが,その主張が生ぬるいとザーラ・Wは絶縁状をつきつけて同士と共に離党した。くっきりした顔立ちの大柄の美人で目立つ。

 極左といっても,ザーラ・Wの主張はAfDとほぼ同じである。移民反対,東ドイツ人の生活優先,ウクライナ侵略戦争にもかかわらずロシア支持,米国批判(米国の中距離ミサイルのドイツ設置(予定)にも反対),ウクライナ支援のドイツ主流政党やEU(西欧)を批判する。スターリン崇拝のマルクス主義左派というのだから,まさに「20世紀冷戦時代の遺物」というべき存在なのだが,人気が高い。

 BSWへの肯定的な評価もある。BSWが健闘しなかったら,同じ主張の極右AfDが圧倒的な支持を得ていたに違いない。それを食い止めたBSWの健闘を前向きに評価しようというのである。

 東部3州では,社会主義(共産主義)の東独で暮らしていた中年層から老年層は,ザクセン州・チューリンゲン州ではCDU,ブランデンブルグ州ではSPDへの支持率が高かった。社会主義時代の東独を知らない若者に極右AfDや極左BSWへの支持率が高いので,評価が難しくなる。AfDは「若者の支持が高いわれわれは将来の政党だ」と言っている。

 若者の投票行動で手元にあるのはEUの欧州議会選挙の2019年と2024年の政党投票率の比較である(ドイツ全体,18歳から24歳まで)。2019年には環境保護のグリーン党への投票率が34.9%と圧倒的に高く,次いで中道右派CDU/CSUが11.6%,SPDが8.5%,左派党が6.9%,AfDは5.6%だった。

 ところが2024年にはグリーン党は11%にまで激落,得票率の数値が増えたのは,増加率の高い順に,BSW6%(19年には存在しない),AfD16%(約3倍),あとはCDU/CSU17%,であった。ドイツ全体で若者がグリーン党からAfDとBSWに動いたのである。東部ドイツの今回の地方選挙ではその傾向がより強く現れた。若者の投票行動はその時々の「風」を受けて動くというような見方もできるが,ドイツ経済の現状を見て「われわれは今の年金受領者並みの年金をもらえるのか?」というように将来に希望が持てなくなっているのだという指摘もある。その若者達がドイツ将来をつくっていくのだから,ドイツの支配層は若者の今年2024年の動きをしっかりと分析して対応しなければならない。

 ドイツの連邦議会選挙は来年9月の予定である。AfDやBSWの今回の躍進を受けて,ショルツ政権は国境管理を強化した。ショルツ首相の評判が圧倒的に悪いこともあり,極右極左の支持率の高さを考慮してウクライナ支援にも悪影響が出るのではないか,プーチンを利する動きをドイツ政府がやりかねないのではないかといった悲観的な臆測も出ている。プーチンがウクライナ戦争に勝利すれば,ドイツに望ましい将来は見込めないだろう。EUや西側全体にも大きく関わる。若者の投票行動や極右,極左の動きを含めて,これから1年間,ドイツから目が離せない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3579.html)

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