世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
フランス下院選挙と連立政権への模索
(東北大学 名誉教授・中大経済研究所&ITI 客員研究員)
2024.07.22
EU27カ国で6月上旬に実施された欧州議会の選挙では,3つの中道政党グループが過半数を確保して,安心感が広がった。中道右派(会派は欧州人民党EPP)は改選前の議席を超え,中道左派(会派は欧州社会民主進歩同盟S&D。欧州社会党PESを母体とする)も微減だがほぼ改選前議席を維持,マクロン大統領主導の中道リベラルREは,フランスでの議席減がひびいて議席を2割ほど減らした。だが,以上3つの会派で過半数を超えた。
ただ,独仏2大国では極右政党が伸びた。ドイツでは15.9%の得票率でAfD(ドイツのための選択肢党)が2位(前回2019年選挙と比べて4.9ポイントの増加),首相を出している政権与党SPD(13.9%)を超えた。フランスでは極右のマリーヌ・ルペン氏主導の国民連合(RN)が31.3%の得票率で突出,左派連合が2位,マクロン大統領の与党(中道)は得票率14.6%,RNの半分以下となった。
2020年代のEUは経済は停滞基調だ。新型コロナ禍にウクライナ戦争が続き,経済は停滞し,とりわけドイツがよくない。フランスではマクロン政権は市場志向の改革を進め,「企業寄り」の評価が広がっている。経済停滞の中で格差が開き,衰退工業地域や低所得層,農村の状況が悪化した。年金受領年齢も62歳から64歳に引き上げた。日本では高齢化が進めば年金受領年齢の引き上げはある程度やむなしと受け入れる風潮だが,フランスでは非常に広範に反発が広がった。
ルペン氏のRNは格差拡大を糾弾し,低所得層の救済を一貫して訴えた。6月の欧州議会選挙で支持が一気に広がった。RNは人種差別主義(外国人両親を持つ仏国籍取得者も差別)・反移民・反イスラム・反EU・親ロシアなど,思想・政策がフランスの他の諸政党と異質である。その政党が勝ち誇り「フランスの断然第一党」を旗印に動き始めると,2027年ルペン大統領へとつながりかねない。そのような事態の進展(危機の進行)を見たくなかったのではないか,マクロン大統領は下院選挙という賭に出た。
1カ月ほど先に決戦投票になる。RNの勝利を見越して,「暴挙」という評価が広がった。下院で245議席をもつ与党にとって非常に大きな賭には違いないが,大統領は主要閣僚と相談もしないまま下院選挙を決めたといわれる。大きな決断だった。
国民の間に「RNが下院過半数を占めてRN政権になったら国はどうなる」という不安が広がり,それをテコに左派連合と与党は選挙協力へと動いた。決戦投票の選挙区毎に3人目の候補者を引き下ろして多くの選挙区でRN対「与党or左派」の一騎打ちの構図を形成した。7月7日の投票では,左派連合182議席,与党165議席,RN143議席の順となり,「RN断然第一党」の構図は逆転した。マクロンの賭けはひとまず勝利となった。ただし,3つの勢力のいずれも議席過半数(289議席)から遠い。
中道右派の共和党は選挙前に分裂した。党首がRNとの連携へと動き,党首の座を追われた。地中海沿いの地域では旧フランス領などからの移民・難民の流入が多く,反移民路線のRNの支持率が高い。共和党の一部は「極右連合」を形成してRNとともに動き,上記RN143議席にはその「極右連合」の17議席を含む。共和党は中道右派政党に踏みとどまり,66議席を獲得した。
RNを退け,大統領は連立政権形成の主導権を得た。辞表を提出したアタル首相を引き留めて現行の内閣を維持した。現行の内閣の辞任の期限などの法的な規制はない。ベルギーやオランダなどでは選挙後に旧内閣が半年程度存続するのは珍しくない。オランダのルッテ首相は先日新右派内閣の組閣により辞任した(次期NATO事務局長となる)。オランダの選挙で極右ウィルダース党首(「オランダのトランプ」)の自由党が勝利したのは去年の11月末だった。アタル内閣は目前のパリ・オリンピックに対処し,その先に進むことになるが,その在任中にマクロン大統領は安定多数派の形成へと進みたい。
左派連合は選挙戦術的に連合したが,政党毎に路線も違っている。左派連合の政党別の内訳は,メランション党首の極左「不服従のフランス」74,社会党59,緑の党28,共産党9,その他12である。「不服従のフランス」は,選挙前からマクロン政権と被妥協的に対立してきた。財政政策による格差の大幅な是正を求める。富裕層への増税,所得再分配政策の拡充などである。だが,フランスの財政赤字はすでにGDP比5%超,3%赤字路線に戻ったEUの警告を受けている。福祉政策の強化はフランス経済の混乱をもたらすと投資家は警戒している。EU諸国はロシアの戦争に対抗して防衛費増額は必須,国民福祉は削減の方向だ。
マクロン氏としては,極左政党を除外し,与党・左派・中道右派の連立政権(議会多数)を求めるだろう。もともと中道の右派・左派を中道へ統合するのがそもそものマクロン路線だったと思われる。経済成長率がある程度高ければその路線が成立するが,低成長では格差が開き,極右・極左の勢いが強まる。その困難な政治・経済状況の中で中道多数派の形成へ進むことができるかどうか。フランス国の統治能力が本当に問われるのはこれからである。
関連記事
田中素香
-
[No.3579 2024.09.30 ]
-
[No.3389 2024.04.22 ]
-
[No.3275 2024.01.29 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]