世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.745

「大収斂」それとも「大分岐」?

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学教育学部 教授)

2016.11.07

 上の論題は,歴史上の出来事として現下の状況をどのように捉えたらよいか,という問題意識を提示したものである。経済のグローバル化が進行する中で,世界経済はどちらへ向かおうとしているのだろうか。

 ここにおもしろい書籍がある。ひとつはキショール・マブバニ著『大収斂——膨張する中産階級が世界を変える』(中央公論新社,2015)であり,いまひとつはケネス・ポメランツ著『大分岐――中国,ヨーロッパ,そして近代世界経済の形成』(名古屋大学出版会,2015)である。前者はシンガポールの外交官出身で国連大使・外務事務次官を歴任した論客によるものであり,後者は2013−14年にアメリカ歴史学会会長を務め,グローバル・ヒストリーのブームを起こした有名な史家によるものである。

 両者の共通項になっているのは中国の存在だ。じっさいに起こって身近な事象に眼を向けるなら,日本や韓国などで中国人による爆買いが見受けられることからイメージされよう。かつてウォルト・ロストウが「高度大衆消費社会」と呼んだような現象が,中国で実現しつつあるように見える。つまり一国の経済発展とともに,徐々に中産階級が形成されて,それが国民経済の多くを占めるようになる。たしかに現在先進国と呼ばれる国では,歴史過程の中で近代資本主義が発展して中産階級が国民の多くを占めるようになった。北西ヨーロッパの国ぐに,北米の国ぐに,そして日本などがそうだ。ついでにいうなら,いまや韓国や台湾もそうである。

 中国は現在,高度消費社会へ向かおうとしていて,その側面をとくに強調しているのが前者であるといえるかもしれない。しかしここで留意しておくべきは,国全体の話ではないということだ。中国の場合,あくまでも沿海地域に限ってのことなのである。この国は,内陸へ奥深く入れば入るほど様相は全く一変しよう。人口が13億人を超えるということは,国内経済格差がそれだけ大きいということを含意する。周知のようにGDPの規模はすでに日本を抜いて世界第二位であり,自動車の国内販売台数は1000万台を超える。それに加えて日本や韓国での爆買いである。そして労働者の賃金水準も,沿海地域においてはすでに「ルイスの転換点」を超えている。このことをポジティヴに捉えるなら,中国では沿海地域を中心として先進経済地域が形成されているということなのだ。ただしあくまでもそのような現象は,国民経済全体までは及んでいない。視点を変えて供給面についていうなら,この国の先進地域では生産設備の過剰つまり遊休状態という事情も見え隠れしている。それは構造的に深刻な事態であるかもしれない。すなわち鉄鋼など投資財の需要低迷というかたちで現われるからだ。それに対しては,内外の協力態勢で対応しなければならないであろう。

 次に「大分岐」について考えてみよう。それは歴史観において,欧米がアジアを経済発展において引き離し始め,両者に圧倒的な差が見られるようになったのはなにを契機としてなのか,という問題に対する解答案として,大航海時代なのかそれとも産業革命なのかという選択肢が与えられるとしよう。グローバル・ヒストリーの考え方によれば,後者に軍配が上がる。それは言い換えるなら欧米で産業革命が普及する前の段階においては,つまり1800年ぐらいまではむしろ中国や日本がいくつかの面で欧米よりも先進的だったのではないか,という問題提起にほかならない。当時の中国や日本は実質的に鎖国状態だったが,じつは経済活動はかなり活発であった。とくにいまの大江戸人気から窺えることは,江戸時代の日本は政治的には安定期にあり,経済活動は活性化していて,さらに文化水準はかなり高度だったことだ。

 話が本筋から逸脱してしまいそうなので,軌道修正しよう。ここまでの展開から明らかなように,一国の経済発展にとって産業革命をいつどのように遂行するかという問題が重要になってくる。というのは先進的な科学技術の導入もそれに付随するし,それを達成しない限り先進国と低開発国との格差が,つまり「大分岐」がいよいよ大きくなる,ということを意味するからだ。

 その意味において,日本の近代化は明治期から推進されたし,韓国や台湾では1960年前後から労働集約型工業製品,資本集約型製品,そして知識集約型先端技術品へと段階的に達成され,そして中国では1980年ごろから雁行形態論の教えにしたがって開放経済型工業化の方式で果敢に遂行されてきた。そして現在にいたっているとみなすことができる。ということは,近代以降の「大分岐」であった状態から,東アジア地域は産業革命をともなう近代化を達成し,「大収斂」的な現象となってきているということなのだろうか。

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