世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.719

岐路に立つ多角主義

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 教授)

2016.09.19

 2001年に開始されたドーハ開発ラウンドは長期の錯綜を経て,ようやく2013年のバリ合意という小さな部分合意を実現した。しかし2015年の第10回閣僚会議ではドーハ開発ラウンドの今後の方向性に関し,先進国と途上国で意見が分かれ,交渉継続の危機に立たされている。2016年は今後の方向を決める重要な年であるが,アメリカ大統領選やイギリスのEU離脱などにより,進展はほぼ無いとみられる。

 ドーハラウンドの進展が進まず自然消滅の可能性が高いからといって,WTOによる世界貿易体制が機能不全に陥ったわけでは無い。WTOはGATTの精神を受け継ぎ本質的に自由・無差別・多角・互恵+特恵を本旨とするわけで,そのうちの多角の部分が変化しているにすぎない。自由・無差別・互恵+特恵はWTOの保護貿易監視や貿易政策審査制度,紛争解決手続きなどにより十分な機能をはたしている。

 そもそもGATT時代に誕生した「多角」主義はいかなるものであったか。GATT時代の多角主義とはGATT加盟国内での意思統一・制度構築であり,発足当初は23カ国,ケネディ・ラウンドで46,東京・ラウンドで99,ウルグアイ・ラウンドで124カ国地域まで拡大し,GATTの世界貿易に占める比重が高まっていったものの,常に全世界を包含するものでは決して無かった。2016年7月末現在,加盟164カ国地域のWTOでの「多角」主義とは大きく異なるものであった。

 現在のWTOはその世界貿易額を考慮すれば,ほぼ世界を包含すると言える。

 ドーハ開発ラウンドが2001年の開始以来15年の時を経て,貿易円滑化+ITA改訂+α程度の合意ではWTOの力不足を否めない。WTOでの決定は貿易におけるグローバルスタンダードであることは間違いなく,いかにFTAが有益であろうともすべての途上国をつなぎ止める力はそこに無い。いわばWTOの下で真の多角主義が試されている。

 多角交渉では参加国が増えれば増えるほど各国の利害が錯綜し,合意形成に時間がかかる。ウルグアイ・ラウンドが一括合意,シングルアンダーテーキングを目指したのに対し,ドーハ開発ラウンドでは部分合意,複数国間協定の意見も垣間見られたが,これらはウルグアイ・ラウンドからWTO成立へ至る精神を無にしかねない。FTA全盛の現代において貿易のセーフティネットであるWTOは,可能な合意よりも望ましい合意を目指すべきである。

 今後新たな多角主義の実現にむけて,2つの要素が重要であろう。第1の要素は,既存の多国間連携の枠組を議論の場所として有効に活用することである。ドーハ開発ラウンドでもG8,G20,APECなど様々な場で議論されていたが,なかなか側面支援の動きには至っていなかった。

 第2の要素はキー・カントリーの存在である。キー・カントリーの存在は主流意見として,意思統一や交渉スピードを加速させる。過去の多角的貿易交渉では東京ラウンドまではアメリカが,ウルグアイ・ラウンドでは4極(アメリカ,EU,日本,カナダ)が交渉をリードしてきたが,ドーハ開発ラウンドではキー・カントリーが増えすぎて,事実上不在となってしまった。今後の多角主義では,日本,EU,アメリカ,中国などの新興国,いずれがキー・カントリーとなり得るのであろうか。

国際経済

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