世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
他力本願的な経済政策
(杏林大学総合政策学部 元教授・非常勤講師)
2023.11.06
昨今のIMFによる2023年の経済見通しでは,日本4.23兆ドル,ドイツ4.43兆ドルとなり,日本はドイツに抜かれて世界第4位に転落するとされている。多分に急激な円安の影響が大きいが,EUは高金利政策による不況,日本はゼロ金利政策による好況の状況から考えても,日本の経済効率・生産性が如何に低いかが表れたものであろう。人口比ではドイツは日本の2/3だから一人当たりGDPでは更に低下が著しい。日本経済の再活性化に向けて抜本的な政策が進められている。その一連で,観光立国,資産立国がある。
こうした観光立国,資産立国など最近の政府政策は一見,ニューデールの方針に見えるがその実は従来型とあまり変わらない。観光などによるインバウンドの増大は日本の円安や出国地の経済状況に依存するし,株式などによる資産は所有の過半が海外に握られている以上,海外投資家の動向に影響される。思えば1950~1960年代の輸出振興政策は固定為替相場下ではあったが海外マーケットの好不況に依存したし,1980年代以降の輸入拡大政策も為替変動に大きく影響された。
さて観光立国だが町中に外国人旅行者が増えているイメージだが,国際比較統計ではなおお寒い状況である。訪日外国人旅行者の数は2003年521万人,2013年1036万人,2019年3188万人と急増してきた。これに伴い訪日外国人旅行者の消費額,いわゆるインバウンド消費も2013年の1兆4167億円が2019年には4兆8135億円と急拡大している。しかし過去最高の2019年ですら,外国人旅行者数世界最高はフランスの8932万人,続いてスペイン,アメリカ,中国,イタリア,トルコ,メキシコなどが高順位に存在し,日本は12位だった。2020年~2022年は新型コロナウイルス蔓延による入国制限で急減したが,制限解除の遅れから,2021年では外国人旅行者受入数では世界第1位のフランス4841万人に対し,日本は25万人とフランスの0.5%程度であった。もっとも今年10月18日の観光庁発表による2023年7-9月期の訪日外国人旅行消費額は1兆3904億円と,2019年同期比と比べても17.7%の増加で急速な回復が見込まれている。
一方,資産立国の要たるNISA口座は2014年の一般NISA,2016年ジュニアNISA,2018年積立NISAと時差をおきながら開始され,2024年には新NISAが始まる。ご存じのとおり新NISAで主な項目は,対象が18歳以上,年間で無税の最大投資額が積立投資枠120万円,成長投資枠240万円,合計360万円となる。さらに売買による投資枠の再利用が可能で,最大の非課税保有限度額は1800万円となる。金融庁の統計によると各年末におけるNISA口座数の推移は2014年825万口座,2016年1061万口座,2018年1285万口座,2020年1569万口座,2022年1900万口座となっている。また購入額は2014年3兆円,2016年9兆4000億円,2018年15兆7000億円,2020年21兆6000億円,2022年30兆8000億円にのぼる。NISAは経年利用が通常なので,口座数,購入額とも累計数だから年々増加している。NISA開始時の2014年と2022年を比較すると,口座数で2.3倍,購入額で10.3倍となっている。
NISAは利益が無税扱いなど税制上有利な制度となっているが,対象が株式や投資信託などリスク資産のため,利用者(口座数)はあまり伸びず,一方利用を開始したケースでは利用度(購入額)を拡大している。「投資は自己責任」との問題はあるが,概念的な投資教育ではなく,個別具体的(例えば2023年10月の日銀政策会合直前に,100万円の資産を何に投資すればリスクとリターンがどのくらい予想されるかなど)な投資教育が必要であろう。もちろん投資の中心は日本株や投資信託が主体であろうが,海外からの投資比率が高い日本では外部環境に影響されやすい。
経済政策には矛と盾,すなわち促進政策と促進に伴う問題を回避する政策が必要だ。観光立国戦略には来日を促進する日本紹介や免税制度の充実やスムースな出入国管理などが矛であり,一方外国人入国による治安の維持や円安による物価上昇対策などが盾となる。現下の状況では矛が強く,盾が心許ないのではないだろうか。例えば10月末日のハロウィンに関して安全警備を強化したのはやむを得ないとしても,もっとAIやITを利用するソフトの対応も必要だったのではないか。例えば外国人の路上飲酒について,SNS上で「日本では路上での飲酒がコミュニケーションとしての文化だ」という誤ったメッセージが海外で500万回以上ダウンロードされたと聞く。日本側ではITツールを利用した海外発信がどれほどできたのであろうか。
また投資立国では近年,若年層への金融教育が盛んだが,資産運用の主体である成人層には銀行・証券会社など民間部門に任されている。「金融のプロ」などとうたう場合が多いが,それは誰のためのプロなのかちょっと考えればわかることである。さらにSNSの誤情報や詐欺メールなどの詐欺情報など,ネットを通じたセキュリティへの対策も必要だ。これらは盾の政策である。
結局,一見新たに見える観光立国,資産立国とも現在では対外依存で他力本願的な政策に他ならないだろう。
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小野田欣也
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