世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.712

ILC理解のバス・ツアーに参加して思ったこと:地域の熱意や子供達の夢に応えるべきだ

山崎恭平

(東北文化学園大学名誉教授,国際貿易投資研究所客員研究員)

2016.09.12

 8月30日に東日本大震災から2000日を経過したが,避難民がまだ14万人を超えている現実,東電福島第1原発の放射能汚染水を封じ込めるはずの凍土遮蔽壁が有効でなさそうといった状況が判明し,さらに迷彩台風10号が初めて岩手県太平洋沿岸部に上陸した被害もあり,被災地東北地方では復興の遅れが改めて話題になっている。東北出身のアスリートが活躍したリオ・オリンピックの盛り上がりも,2020年の東京オリンピック・パラリンピックの工事需要で被災地の復興が人手不足や機材値上がりの影響を受けていると複雑な受け止め方がされている。そうした折,被災地の東北にはILCという国際宇宙ステーションや南極観測に匹敵する国際研究プロジェクトの誘致計画があり,現地では産官学の取り組みに加えて住民や子供達が大震災からの復興と新しい東北の創造に向けて期待し学び合いで夢を膨らませている。しかしながら,日本の成長戦略や地方創生といった政策論議を行っている中央の政界や行政にはほとんど伝わっていないと見られるのを憂いて,7月末の本コラムにILC(International Linear Collider)誘致の意義を訴えた(No.675号)。

 このILCプロジェクトの建設候補地は北上山地の南部の花崗岩地帯で,自治体としては岩手県の一関市や奥州市,宮城県は気仙沼市等が関係し,両県のみならず東北各県,経済界や学会はオール東北で政府に誘致を働き掛けるとともに,各地域も誘致活動を積極化している。例えば,世界遺産の平泉を抱える一関市はILC誘致活動にも力を入れ,観光協会が9月8日に初のILC理解の日帰りバス・ツアーを実施した。台風による荒天で参加者は筆者を含め27名とやや少なかったが,ILC建設予定サイトや模型が置かれている大東図書館等を訪ね,地域住民のまちづくり団体関係者や外国人国際化推進員からは生の声を聴くことができた。その結果,ILC誘致で地元では熱心な活動が行われており,活動は福島原発事故もあって放射能不安はないのかといった現実感を伴っていると思った。政府が進める地方創生や地域活性化についての概念や補助金採択基準はあいまいだが,少なくとも地域住民の意向や熱意が基本的に重視されるべきで,ILC誘致ではこの点が確かなように感じた。

 このプロジェクトは2017年度末までと見られる政府の誘致決定が待たれ,この夏産官学一体となった東北ILC準備室が仙台市内の東北経済連合会に設けられ,今後政府への働きかけが本格化する。同時に加速器部品業界の備えや地域住民への教宣活動,さらには子供達への学習機会の提供が頻繁に行われ,国際プロジェクトゆえに外国人研究者とその家族の居住環境,医療機関やインターナショナル・スクールの便宜供与についての検討が始まっている。教宣活動や学習には素粒子物理学や加速器の専門家による出前授業が広範に行われ,この1か月くらいの期間には次のような活動が行われている。

 地元紙岩手日報は,これまで3年間に出前授業が行われた岩手県の中学校の中から男女中学生5人を募り8月に1週間近くスイスに派遣し,国際都市ジュネーブやILCの前提となったLHC,実験を行っている国際機関のCERN(欧州合同原子核研究所)を訪れ実地に見学してもらった。その成果は12月に盛岡市で開催されるILC国際会議のワークショップで発表される予定とされるが,CERNではILC推進委員会「リニアコライダー・コラボレイション」のリン・エバンス最高顧問が中学生達に対して「ILCが実現すれば東北は日本で一番国際的な地域になる。一生懸命勉強して世界の科学者と協働できるようになってほしい」と励ましたと同紙は伝えている。

 さらに子供達の学習具体例として,8月末のNHK総合TVが午前10時から高校生によるILCについての研究授業の様子を放映した。これは放映されたローカル番組を全国版に取り上げたもので,盛岡第一高校の2年生がILCとはどんなプロジェクトか,経済効果や生活にどのように役立つのか,自然や生活環境への影響,住民への周知と理解等について自主的に学び,自分達もこれから国内外への発信元になりたいという本格的な取り組みである。また,9月2日には,一関市で一関高と同付属中の生徒約900人が東北ILC準備室長に就任した鈴木厚人岩手県立大学長からILCの講演を受けている。

 こうした活動や今回バス・ツアーに参加して見て,地元の産官学,地域住民や子供達が主体的に取り組んでいるILC案件にこそ政府は国民の税金を投入し支援すべきと強く感じた。地方創生や成長戦略と銘打って実施する旅行や商品券発効の補助とかリニア新幹線構想の前倒し支援等ハコもの行政よりも優先されるべきで,海外から東北に寄せられている国際協力の期待や東北の子供達が膨らませている夢を裏切ることがないよう切に望みたい。

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