世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバル化推進のラタン・タタ元財閥会長を悼む
(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2024.12.09
インド国内や世界で最も知られているインド企業と言えば,タタ財閥が筆頭であろう。英国の植民地時代に創業してから21世紀の今日まで,インド経済の成長に寄与してきた。タタ財閥5代目ラタン・タタ元会長がこの10月9日に86歳で逝去された。このニュースは同会長が財閥の発展に貢献してきた功績からインド内外で大きく取り上げられ,日本でも経済関係や交流の深化から,マスコミが従来になく広く報道した。筆者はインド駐在時に現地で見聞して以降タタ財閥に注目しており,ラタン・タタ元会長を悼みその功績に概略触れる。
経済自由化で海外展開し世界的企業へ
タタ財閥は,8世紀にイスラーム教徒に追われてペルシャからムンバイに移住したゾロアスター教(拝火教)徒を祖先にもち,英国統治時代の1868年にジャムシェドジー・タタ(1839~1904年)が綿紡績工場を創業したのが始まりである。この年は日本の明治元年で,同財閥はインド独立以降も代表的な民族資本として発展を続け,今年で創業以来155年を数える。1937年生まれのラタン・タタは創業者のひ孫にあたり,米国のコーネル大学で建築学を学び,帰国後複数の系列企業を経て財閥の近代化や国際化,業績拡大に手腕を振るった。
ラタン・タタが財閥持株会社のタタ・サンズ会長に就任したのは,インドが社会主義的な統制経済から経済自由化に踏み切った1991年で,2012年までの22年間財閥のトップを務めた。この間,経営合理化や近代化を進め,新規分野への進出で複合企業化し,外国企業の買収や提携によるグローバル化を推進し民族資本から世界的企業へと躍進する立役者となった。特に,インドの経済自由化以降の積極的な海外進出でグローバル経営の国際企業,世界的企業に躍進した功績が大きく,財閥の年商は22年間に17倍に拡大した。
海外進出では,2000年にロンドンの世界2位の老舗紅茶メーカーであるテトリーを4.3億ドルで,2007年に英蘭鉄鋼大手のコーラスを130億ドルで,また2008年には英国の米国フォード傘下の高級車ジャガー・ランドローバーを23億ドルで買収して大きな話題となった。この他,米国の高級ホテルやタイとインドネシアの製鉄企業等を買収し,全世界で100社超,従業員総数70万人以上,年間売上額1,650億ドル(2023年度)にも及ぶ世界的な企業に発展した。この功績からインドではラタン・タタを財閥「中興の祖」と評価し,またBBCは「インドで最も国際的に認知されたビジネス・リーダーの一人」と紹介している。
創業以来異色のCSRや堅実経営を重視
タタ財閥はインド経済の発展を支え,その生産額はインドのGDPの2%,輸出額は輸出総額の5%にも及ぶと見られ,インド最大の企業グループであるだけでなく異色の経営が大きな関心を持たれている。創業者がゾロアスター教徒であるだけでなく,経営は堅実かつ近代的で,「企業の社会的責任(CSR)」を重視して「インドの良心」とも評価されている。例えば,政治的には中立で賄賂や不正を排し,従業員を大切にする。また,多彩な経済活動に加えて病院経営や教育・人材育成,慈善活動も手掛ける経営が注目され,廉価自動車「ナノ」の生産計画はまだ貧しいインドの人々への生活向上を画したといわれた。
こうした経営姿勢は日本企業のそれと通じるものがあって,タタのブランドは日本でも馴染みがある。また,明治期日本の殖産興業政策で産業発展を支えた綿紡績業と製鉄業でタタグループが原料供給で協力し,ボンベイ航路開設にも尽力した。近年では日本に世界的なIT企業のタタ・コンサルテイグ・サービシーズ(TCS)が進出する等ビジネス交流が増えている。2012年の叙勲ではラタン・タタ財閥会長に旭日大綬章が授与され,2014年には日本経済新聞の「私の履歴書」に同氏が寄稿し評判になった。そして,日本のマスコミは同会長の逝去について全国向けに加えてローカルの放送や新聞も広く報じた。
インド経済は多くの課題を抱えつつも主要国では現在最速の成長を続けており,独立後100年の2047年までには世界第3位の経済大国になる意気込みである。そんな中でタタ財閥は最近では半導体やAI分野,スタートアップにも進出し,モディ首相の出身地であるグジャラート州ではエアバスのC-295の組み立て生産を行うなど等,航空・宇宙産業でも話題になっている。タタ財閥のインド経済発展への貢献は今後も続くと見られるが,非創業家出身のナタラジャン・チャンドラセカラン財閥現会長はタタ家との協調を図りながら,対立と分断が続く厳しい最近の国際情勢の中で巨大化した財閥経営をどのように展開して行くのか注目されよう。
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